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放課後、誰もいない校舎の奥のトイレに、数人の笑い声がこだました。遥は個室から引きずり出され、タイルの床に押し倒される。やけどが疼き、剥がされた爪の痛みが脈打つ。抵抗する気力はなく、ただ腕を抱え込むようにして体を縮めた。
「ほら、始めよっか」
一人がモップを取り出し、無造作に床を濡らしてから遥の肩を小突いた。
「掃除の道具って便利だなぁ。洗ってやれるし、殴ってもいいし」
「シャンプーもしなきゃね」
別の子が洗剤のボトルを振る。
「お前の髪、焦げ臭かったし」
笑いが弾ける。遥は俯いたまま、髪をかばうように指を動かした。
「動くなよ」
押さえつけられ、冷たいモップが背中を擦る。擦れるたびにやけどの皮膚が痛み、遥は息を止めた。
「なにビクついてんの。洗ってあげてんだから感謝しなきゃ」
「ほら、泡つけて」
洗剤を頭にぶちまけられる。目にしみる刺激臭、泡が鼻や口を覆う。思わず小さく声が漏れる。
「や……やめ……」
「なに? 聞こえないなー」
頭を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。泡が頬を伝い、視界が霞む。
「ほら、もっと丁寧に」
別の子が櫛代わりにブラシを持ち出し、力任せに髪を梳く。焦げ跡のある部分に触れると、遥の体が反射的に震えた。
「お、ここ焦げてる。火、つけられた?」
「マジ? 家でも扱いひでーんだな」
「でもさ、髪短くなってブサイクじゃね?」
嘲笑が飛ぶ。遥は言葉を返さず、ただ顔を覆うように目を閉じた。
「シャンプー終わったら、すすぎだろ?」
誰かが便器の蓋を開け、水を溜めはじめる音が響く。
「洗い流してやるから、ちゃんと突っ込めよ」
頭を押さえつけられ、顔が水面に近づく。便器の冷気が肌に触れ、呼吸が浅くなる。
「や……やめて、お願い……」
途切れ途切れの懇願も嘲笑にかき消される。
「いい声出すなぁ」
「ほら、行け」
一気に頭を押し込まれる。泡と水が口に入り込み、むせ返りながら必死に手を伸ばすが、押さえつけられて動けない。肺が焼けつくようで、体が勝手に痙攣する。
「はい、引き上げて」
頭が引き上げられると、髪から水が滴り、服も床も濡れ広がる。肩で荒く息をつきながら、遥は咳き込み、吐き出そうとした。
「まだ終わってないだろ」
「次、俺やる」
また別の手が頭を掴み、再び水の中へ。
その繰り返しの中で、言葉はほとんど出てこない。ただ息を求めて苦しげに「う……っ」と漏れるだけだ。
「お前さ、指もヤバいな」
濡れた手を掴まれ、剥がれた爪の跡を押される。遥は咄嗟に腕を引こうとしたが、逆に笑い声が上がった。
「すげえ、押すとピクッてなる!」
「じゃあ、全部見せてよ」
袖を乱暴にめくられ、赤黒い火傷の痕が露わになる。しばしの沈黙のあと、また嗤いが広がった。
「これ、マジでやけどじゃん」
「うわー、親にでもやられた? どんだけゴミなんだよ」
羞恥で胃が縮む。遥は小さく首を振り、声にならない声で「……ちが……」と漏らしたが、それもすぐ嘲笑にかき消された。
「ちがう? 嘘つくなよ」
「なあ、次はどこ洗う?」
「足じゃね? 靴下脱がせて」
無理やり靴と靴下を剥ぎ取られ、冷たい床に押し付けられる。洗剤をかけられ、モップで擦られる。火傷と擦過傷に泡が染み込み、痛みに喉が震える。
「おーい、もっと泣けよ。せっかく洗ってやってんのに」
「泣かねえのがムカつくんだよな」
誰かが足を強く踏みつけ、遥の体がビクリと震えた。
「ごめ……ごめんなさい……」
小さく声が漏れる。それは謝罪というよりも、痛みから逃れるために口から零れ落ちた反射だった。
「ほら、やっと謝った」
「最初からそうすればいいんだよ」
声が遠く聞こえ、頭は重く、視界が揺れる。泡と水の臭いが鼻に張り付いたまま、遥はただ床に横たわり、呼吸を繰り返すしかなかった。