テラーノベル
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※小学生くらい。
廊下の奥、古びたガラス戸から差し込む夕陽に、遥の細い影がひとつ、しゃがみ込んでいた。
「……何してるの、そんなとこで」
足音もなく近づいた沙耶香の声は、感情のない平坦な音。
遥はびくりと肩を揺らし、手の中に隠していた何かを慌てて背中に回した。
「別に。……何でもない」
「ふうん」
沙耶香はしゃがんで遥の顔を覗き込む。
「また泣いてた? 顔、ぐちゃぐちゃ」
その言葉に遥は首を振る。でも、目元は赤く腫れていた。
「……うそつき。ねえ、遥って、泣けば誰かが可哀想に思ってくれるって、まだ思ってるの?」
沙耶香の笑みは、温度のない刃物みたいだった。
「そんなんじゃ、何も変わらないよ。誰も助けてなんてくれない。……ううん、むしろ――」
沙耶香は遥の頬にそっと触れた。優しげな仕草。けれど、その指先は冷たかった。
「泣けば泣くほど、誰かは面白がるだけ。わかってるくせに」
言葉をなくした遥の手の中から、折れたシャープペンがぽとりと落ちた。
沙耶香はそれに目を落とし、ひとつため息をつく。
「そんなの握ってたって、誰も刺されてくれないよ」
そして、ゆっくり立ち上がった。
「さ、戻ろう。夕飯冷めるよ」
沙耶香は何もなかったように背を向ける。
遥は立ち上がれないまま、その背中を見送った。
小さな声で名前を呼ぼうとして、喉の奥でかすれた。
呼べばまた、壊される気がして。
けれど、呼ばなければ――誰にも見つけてもらえない気がして。
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