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ノートに映された黒板の文字は、もはやただの模様だった。ペン先は止まったまま、ページの余白に小さな点をいくつも打つ。

ひとつ、ふたつ、三つ。まるで何かを消すみたいに。


(……なんで今、思い出す)


教壇の声は遠い。耳には入ってくるのに、頭には届かない。

前の席の誰かが軽く笑って、窓の外では風が揺れてる。

でも、視界の奥にあるのは、あの人だった。


冷たい指。

「泣けば泣くほど、誰かは面白がるだけ」――その声。


あれは夢だったんじゃないかって、何度も思おうとした。

でも、今でも傷の奥で、はっきりと疼く。


(姉なんて、呼んだことはなかった)

(呼べる空気じゃなかった。けど――)


いつか、呼べたら何かが変わる気がして、

呼ばないままに終わった。


彼女の言葉をなぞるように、自分の思考までが歪んでいく。


(“誰も刺されてくれないよ”って――)


そのとき、ふいに先生の声が目の前に落ちた。


「……遥、聞いてるか?」


一瞬だけ心臓が跳ねた。

ノートの端、無意識に掠れて書いた文字が目に入る。


『サヤカ』


(最悪)


ペンを握る手に、ぎゅっと力が入った。


(まだ、終わってない)


窓の外はよく晴れていた。だけど、心だけは全然、明るくなかった。



無名の灯 番外編

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