テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
相談室のドアが開く音が、やけに軽かった。
「よっす」
相談者はいつも通りのテンションで入ってくる。
声も、歩き方も、雑さも、全部“いつも通り”。
蓮司はそれを見て、すぐには何も言わなかった。
ペンを一本、引き出しにしまってから、ようやく口を開く。
「今日は元気だな」
「失礼じゃない?」
「確認だよ」
相談者は笑った。
反射みたいに。条件反射みたいに。
「元気元気。
今日も世界は平和」
「じゃあ、座る理由は?」
その一言で、笑いが一拍遅れた。
「……あー」
椅子に座りながら、相談者は頭をかいた。
「なんかさ。
笑ってないと、消えそうになるんだよね」
軽い言い方だった。
冗談みたいに聞こえる声だった。
でも、蓮司はツッコまない。
「消える、って?」
「クラスでも、部活でも、家でも。
俺がテンション下げた瞬間、
『あ、今日調子悪いんだ』って扱いになる」
「それ、悪いことか?」
「悪いっていうかさ」
相談者は机の端を指で叩く。
「調子悪い側に行ったら、
そのまま戻れなくなりそうで」
蓮司は小さく息を吐いた。
「笑顔、固定化されてるな」
「固定資産みたいなもん」
「税金高そうだ」
「マジで」
二人とも笑う。
でも、相談者の笑いは途中で切れた。
「なあ」
声が少し落ちる。
「俺さ、真顔になると、
周りが不安になるんだよ」
蓮司は首をかしげる。
「不安?」
「『え、怒ってる?』
『なんかあった?』
『俺らなんかした?』」
相談者は肩をすくめる。
「だから、すぐ戻す。
笑顔。
“いつもの俺”」
「戻せるの、すごいな」
「戻さないと、面倒になる」
その言葉が、静かに落ちた。
蓮司は少しだけ姿勢を変える。
「なあ。
それ、機嫌じゃなくて役割だぞ」
「……役割?」
「場を明るくする人。
空気を落とさない人。
沈んだ話題を流す人」
蓮司は淡々と続ける。
「便利だけどな。
代わりが効く」
相談者の指が止まった。
「それ、えぐくない?」
「現実だ」
一瞬、沈黙。
「じゃあさ」
相談者が言う。
「俺が落ちたら、
誰も拾わないってこと?」
「拾われない、じゃない」
蓮司は言葉を選ぶ。
「拾われる前に、
自分で立たされる」
「……ああ」
納得してしまった声だった。
「泣きたいときは?」
蓮司が聞く。
「一人のとき」
「理由は?」
「理由ないと、泣けないから」
蓮司は目を細める。
「それな。
理由探してる時点で、
もう相当限界だ」
相談者は苦笑した。
「でもさ、
笑ってる俺のほうが、
みんな好きだし」
「好きなのは、“安心できるお前”だ」
「……違いある?」
「ある」
蓮司は机を指で軽く叩く。
「安心させる人間は、
壊れても気づかれにくい」
相談者は目を伏せた。
「最悪だな」
「最悪だ」
しばらく、何も言わない時間が流れる。
「なあ」
蓮司が言う。
「今日は、笑わないで帰れ」
「え」
「無理に戻すな。
帰り道くらい、
“役割”脱げ」
「それで嫌われたら?」
蓮司は即答しなかった。
「嫌われるかどうかは知らん」
「ひど」
「でもな」
少しだけ、声が柔らぐ。
「笑ってないお前を見て離れるやつは、
最初から“お前”じゃなくて
“機能”と一緒にいた」
相談者は、長く息を吐いた。
「……重いな」
「えぐいな」
相談者は立ち上がって、ドアの前で止まる。
「なあ」
「ん」
「ここでは、
笑わなくてもいい?」
「むしろ、そっちが通常営業」
相談者は少しだけ、
本当に少しだけ、
力を抜いた顔をした。