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#執着攻め
かんな
相談室のドアが開く音が、やけに軽かった。
「よっす」
相談者はいつも通りのテンションで入ってくる。
声も、歩き方も、雑さも、全部“いつも通り”。
蓮司はそれを見て、すぐには何も言わなかった。
ペンを一本、引き出しにしまってから、ようやく口を開く。
「今日は元気だな」
「失礼じゃない?」
「確認だよ」
相談者は笑った。
反射みたいに。条件反射みたいに。
「元気元気。
今日も世界は平和」
「じゃあ、座る理由は?」
その一言で、笑いが一拍遅れた。
「……あー」
椅子に座りながら、相談者は頭をかいた。
「なんかさ。
笑ってないと、消えそうになるんだよね」
軽い言い方だった。
冗談みたいに聞こえる声だった。
でも、蓮司はツッコまない。
「消える、って?」
「クラスでも、部活でも、家でも。
俺がテンション下げた瞬間、
『あ、今日調子悪いんだ』って扱いになる」
「それ、悪いことか?」
「悪いっていうかさ」
相談者は机の端を指で叩く。
「調子悪い側に行ったら、
そのまま戻れなくなりそうで」
蓮司は小さく息を吐いた。
「笑顔、固定化されてるな」
「固定資産みたいなもん」
「税金高そうだ」
「マジで」
二人とも笑う。
でも、相談者の笑いは途中で切れた。
「なあ」
声が少し落ちる。
「俺さ、真顔になると、
周りが不安になるんだよ」
蓮司は首をかしげる。
「不安?」
「『え、怒ってる?』
『なんかあった?』
『俺らなんかした?』」
相談者は肩をすくめる。
「だから、すぐ戻す。
笑顔。
“いつもの俺”」
「戻せるの、すごいな」
「戻さないと、面倒になる」
その言葉が、静かに落ちた。
蓮司は少しだけ姿勢を変える。
「なあ。
それ、機嫌じゃなくて役割だぞ」
「……役割?」
「場を明るくする人。
空気を落とさない人。
沈んだ話題を流す人」
蓮司は淡々と続ける。
「便利だけどな。
代わりが効く」
相談者の指が止まった。
「それ、えぐくない?」
「現実だ」
一瞬、沈黙。
「じゃあさ」
相談者が言う。
「俺が落ちたら、
誰も拾わないってこと?」
「拾われない、じゃない」
蓮司は言葉を選ぶ。
「拾われる前に、
自分で立たされる」
「……ああ」
納得してしまった声だった。
「泣きたいときは?」
蓮司が聞く。
「一人のとき」
「理由は?」
「理由ないと、泣けないから」
蓮司は目を細める。
「それな。
理由探してる時点で、
もう相当限界だ」
相談者は苦笑した。
「でもさ、
笑ってる俺のほうが、
みんな好きだし」
「好きなのは、“安心できるお前”だ」
「……違いある?」
「ある」
蓮司は机を指で軽く叩く。
「安心させる人間は、
壊れても気づかれにくい」
相談者は目を伏せた。
「最悪だな」
「最悪だ」
しばらく、何も言わない時間が流れる。
「なあ」
蓮司が言う。
「今日は、笑わないで帰れ」
「え」
「無理に戻すな。
帰り道くらい、
“役割”脱げ」
「それで嫌われたら?」
蓮司は即答しなかった。
「嫌われるかどうかは知らん」
「ひど」
「でもな」
少しだけ、声が柔らぐ。
「笑ってないお前を見て離れるやつは、
最初から“お前”じゃなくて
“機能”と一緒にいた」
相談者は、長く息を吐いた。
「……重いな」
「えぐいな」
相談者は立ち上がって、ドアの前で止まる。
「なあ」
「ん」
「ここでは、
笑わなくてもいい?」
「むしろ、そっちが通常営業」
相談者は少しだけ、
本当に少しだけ、
力を抜いた顔をした。