テラーノベル
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相談者は椅子に座るなり、深く息を吐いた。
「俺さ、
たぶん“正直”が向いてない」
蓮司はすぐに反応しない。
湯のみを少しずらしてから、目だけ向けた。
「正直者がバカを見る、的な?」
「それより手前」
相談者は笑わない。
「本当のこと言うと、
場が止まる気がする」
「止まる?」
「空気が固まる。
音が一個消える感じ」
蓮司は小さく頷く。
「あるな」
「だから言わない。
当たり障りない話にする。
みんなが返しやすいやつ」
「結果?」
「俺の話、何も残らない」
淡々とした声だった。
「昨日さ」
相談者は続ける。
「家のことでちょっとあってさ」
「重いやつ?」
「重い」
「言った?」
「言わなかった」
蓮司は即座に聞き返さない。
「なんて言った」
「『まあ普通』って」
「嘘だな」
「嘘じゃない。
削っただけ」
その言い方が、妙に刺さる。
「削りすぎるとどうなると思う?」
蓮司が聞く。
「……薄くなる?」
「消える」
相談者は一瞬だけ視線を上げた。
「俺さ」
小さな声で言う。
「誰かと話してるとき、
“これ言ったら空気どうなるか”
常に考えてる」
「会話じゃなくて、シミュレーションだな」
「そう。
地雷探しゲーム」
蓮司は鼻で息を吐いた。
「疲れるな」
「慣れるよ」
「それが一番やばい」
相談者は少しだけ笑った。
「蓮司、
空気悪くする人って嫌い?」
「内容による」
「本音は?」
「空気守るために
人が削れていくほうが嫌い」
相談者の指が、膝の上で止まる。
「……じゃあさ」
「うん」
「俺がここで本当のこと言ったら、
この部屋、止まる?」
蓮司は少し考えてから言った。
「止まるな」
「やっぱり」
「でもな」
蓮司は椅子にもたれる。
「止まるってことは、
ちゃんと聞かれてるってことだ」
相談者は息を吸って、吐いた。
「それ、
今まで誰も言わなかった」
「空気のいい返事ばっかしてたんだろ」
「……うん」
「じゃあ今日は」
蓮司は視線を外さずに言う。
「一回だけ、
空気悪くして帰れ」
「怖いな」
「でも、残るぞ」
相談者は少し黙ってから、
ぽつりと言った。
「家、しんどい」
部屋は、確かに止まった。
でも、何も壊れなかった。
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