テラーノベル
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教室の中央は、あらかじめ空けられていた。机が少しだけ後ろに引かれて、円のような形になっている。誰が指示したわけでもないのに、その形は自然に出来上がっていた。
遥は、その中心に立たされている。
逃げ道はない。けれど、逃げようという発想も、もうない。
「さっきのさ、あれ普通にやばかったよな」
誰かが言う。
笑いながらでもなく、怒鳴るでもなく、ただ事実を確認するような口調だった。
「また空気壊したし。しかもさ、気づいてない感じが一番きついんだけど」
「いや、気づいてるでしょ。気づいててあれなら、なおさら問題じゃね」
軽い同意が重なる。
責めているというより、整理しているような声の流れ。
遥は黙っている。
口を開けば、余計にずれる。もう分かっている。
「だからさ、こういうのってさ、言うだけじゃ無理だと思うんだよね」
別の声が割り込む。
「分からせないと」
その言葉に、何人かが小さく笑う。
冗談の形をしているが、否定はない。
誰も止めない。
「ほら、こっち来いよ」
腕を引かれる。
抵抗はしない。する理由がない。
引かれるまま、一歩だけ前に出る。
距離が詰まる。
囲む輪が、ほんの少し狭くなる。
「力入れんなよ。暴れると余計面倒だから」
言われる前から、体は固まっている。
力を抜こうと意識すること自体が、すでに遅い。
首に手がかかる。
指が触れる感触。
冷たいわけでも、熱いわけでもない、ただの体温。
それが逆に現実感を強める。
「な、こういうのさ、苦しいだろ」
締める力は、いきなり強くはない。
確かめるように、少しずつ。
「でもさ、お前がやってることも同じなんだよ。周りにさ、ずっとこういう感じ与えてるわけ」
空気を“締める”という言葉は使われない。
けれど意味は、そこに固定されていく。
少しだけ力が強まる。
呼吸が引っかかる。
喉の奥で、空気が細くなる。
「分かる?これ」
顔を覗き込まれる。
答えを求められている。
分かっている。
ここで何を言うべきかも。
「……分かる」
声はかすれる。
それでも途切れさせない。
途切れたら、またやり直しになる。
「何が分かるか言えよ」
さらに少しだけ、圧が増す。
視界の端が、わずかに揺れる。
「……自分が、周りにやってること……こういう感じだって、分かる」
周囲で、誰かが「ほらな」と小さく言う。
正解の確認。
「そう、それ。分かってんじゃん」
少しだけ力が緩む。
完全には離さない。
逃がさない程度に、保ったまま。
「じゃあさ、どうすんの」
問いが続く。
これは終わりに向かうための段階だと、空気が教えている。
遥は、息を整えながら言う。
焦らない。
急ぐと、言葉が崩れる。
「……直す。空気、壊さないようにする」
「どうやって」
すぐに重ねられる。
逃げ道を残さない確認。
「周り見て……合わせる。自分のことは、後でいいから」
一瞬の間。
その答えが、評価される。
「それでいいじゃん」
手が、ようやく離れる。
空気が一気に入ってくる。
けれど、咳は出さない。
出したら、余計な音になる。
「最初からそれやれよって話なんだよな」
「ほんとそれ。毎回こうやってやるの、こっちもだるいし」
笑いが戻る。
さっきまでの緊張とは違う、軽い空気。
処理が終わった後の雑さ。
遥は、その場に立ったまま、わずかに遅れて動く。
首に残る感触を、消そうとはしない。
消えないと分かっているから。
(やっぱり、自分が悪い)
思考が、静かに落ちる。
苦しかったことよりも、正しく答えられたことの方が先に残る。
あの場で間違えなかった。
だから、これで済んだ。
もし違うことを言っていたら、もっと長く続いていたはずだ。
そう考えると、納得がいく。
納得できる形に、すべてが収まる。
席に戻る。
椅子を引く音を抑える。
ノートを開く。
周りはもう別の話をしている。
笑っている。
何もなかったみたいに。
それが普通だと、分かっている。
さっきのことを引きずる方が、おかしい。
だから、引きずらない。
ただ、首に残る圧だけが、基準として残る。
次に間違えたら、あれがまた来る。
それだけは、はっきりしている。
コメント
1件
読み終えました……56話、すごかったです。 教室の輪、圧の掛け方、“分からせる”っていう空気。首に手が触れる感触が体温だけで描写されてて、逆に生々しくて、心臓がぎゅってなりました。 遥が「自分が悪い」って納得してしまうところが、いちばん苦しかった……。逃げようがない世界の輪郭が、静かに、でも確かに閉じてくる感じがしました。 次をどうしても読みたいです。すごい作品を見せてもらってるって思います。
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あも