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その頃――
透也の部屋を訪れた紗英は、留守だったため仕方なく駅へ向かっていた。
(誰も出てこないってどういうこと? 休日の午前中なのに……二人ともいないの?)
イライラしながら、紗英は心の中で毒づく。
今日、紗英が透也の部屋を訪れた理由――それは、もう一度彼に会うためだった。
いきなり訪れれば怪しまれる。
だから紗英は“忘れ物をした”という口実を作り、再び透也の部屋を訪れたのだ。
(藤田さんの同期が今日ランチ会を開くって聞いたから、てっきり彼女も参加してるだろうと思って今日を狙って来たのに! まさか中条さんまでいないなんて……。とんだ計算違いだったわ)
自分の読みが外れたことに、紗英はさらにイライラを募らせる。
駅に着くと、紗英は駿介の家の最寄り駅へ向かう電車に乗り、携帯を取り出してメッセージを送った。
【今から行ってもいい?】
以前ならすぐに返事が返ってきたのに、最近は返信が遅い。
今も既読すらつかず、もちろん返事もない。
(ま、いっか。鍵は持ってるし)
そう思いながら、紗英は駿介の家へ向かった。
マンションに着きインターホンを鳴らすが、応答はない。
(駿介さんまで出かけてるの? もう、いったいなんなのよ!)
仕方なく合い鍵を取り出し、ドアを勢いよく開ける。
すると、中に人の気配がした。
「駿介さん、いるの? いるんだったら、開けてくれてもいいじゃない!」
文句を言いながらリビングへ入ると、散らかった部屋のソファに駿介が横になっていた。
口には煙草。室内は煙でもくもくしている。
「やだ……煙草吸ってるの? 服に匂いがつくから嫌だって言ったのに……」
紗英は大声を上げ、慌てて窓を全開にした。
肌寒い空気が一気に流れ込む。
それでも足りないと思ったのか、キッチンの換気扇まで回し、どんよりした室内を見回して眉間にしわを寄せた。
「ねえっ! 最近どうしたの? なんでそんなにだらしなくなっちゃったの?」
ヒステリックに叫ぶ紗英を、駿介はぼんやりと見つめた。
煙草を灰皿で消す仕草もどこか無気力で、まるで廃人のように反応がない。
「ちょっと! なんとか言ってよ! いつまでもそんな態度なら、私、あなたと別れるわよ!」
その言葉に、ようやく駿介の口が動いた。
「いいよ。別れよう」
紗英は目を見開き、言葉を失った。
付き合い始めた頃は、あれほど自分に夢中だった男が――今は見る影もない。
そのあまりの落差が信じられず、紗英は呆然としたまま駿介を見つめた。
(はあっ? 何様のつもりよ。ハイスペックでもなんでもない男と“付き合ってあげてる”のに、何よこの態度!)
怒りを押し殺しながら、紗英は言い返す。
「別れようってどういう意味?」
「だから、そのままだよ。もう終わりにしよう」
「はあっ? 何言ってるの。そっちから色目を使ってきたくせに、急に別れようだなんて……あなた、どうしちゃったの?」
「色目? 俺がいつ色目を使った? 俺じゃないだろ。お前の方から誘ってきたんじゃないか! 色目を使ったのはお前だよ」
「そんなことよく言えるわね! ちょっと優しくしたら、あなたの方から言い寄ってきたんじゃないの! 嘘言わないでよ!」
「嘘じゃないよ。俺には夏帆っていう恋人がいたのに、ちょっかい出してきたのはそっちじゃないか!」
苛立ちを隠そうともせず吐き捨てるように言うと、駿介はもう一本煙草を取り出し、火をつけた。
立ちのぼる煙を吸い込んだ紗英は、ゴホゴホとむせる。
「煙草やめて!」
「やめない。ここは俺の部屋だ」
「前は私の言うことなんでも聞いてくれたのに!」
「ははっ。最初はお前、猫かぶってたからな」
「猫? はあ? 何それ!」
「お前は夏帆にライバル心があるんだろ? だから夏帆の恋人だった俺に言い寄って、奪った。それが目的だったんだ。なのに俺はまんまと騙されてた……本当にバカだよな」
「いい加減なこと言わないでよ! 私、藤田さんのことなんてなんとも思ってないわ」
「そんなはずないね。仕事ができて美人の夏帆が気に食わなかったんだ。だから俺を奪って優越感に浸りたかった……ただそれだけだろ!」
図星だったが、紗英は認めるわけにはいかない。
そこで、ふいに態度を変えた。
「分かったわ。そこまで言うなら、別れてあげる」
突然の聞き分けの良さに、駿介は目を丸くした。
「どうした? 急に」
「ふふっ。あなたなんかいなくたって、もっと素敵な男性は世の中にごまんといるわ。背が高くてイケメンで、仕事もできてお金も持ってて……すべてを手にした超ハイスペックな男がね」
「それは……中条のことか?」
「そうよ。彼、私のことまんざらでもない感じだったし……」
「会ったのか? 中条に?」
紗英をけしかけたのは自分だが、まさかもう会っているとは思わず、駿介は目を見開いた。
「そうよ。思ってた通り、すごく素敵な人だったわ」
その言葉に、駿介はあからさまな視線を向けた。
それは、自分が紗英に抱いていた違和感が“やはり正しかった”と告げるような、冷え切った目だった。
「そうか。だったら、中条と幸せになればいい」
(けっ。あの中条が、色気とプライドの塊みたいなこんな頭の空っぽな女を相手にするはずがない。どこまでも嘘つきで根性腐った女だ。俺はこんな女に騙されて夏帆と別れたのか……)
悔やんでも悔やみきれない思いが胸の奥で渦巻く。
そして、調子に乗っている紗英に向かって、駿介はきっぱりとこう言い放った。
「よし。俺たちは今日限りだ。もう二度とこの家には来ないでくれ。職場でも話しかけるなよ」
「ふんっ! 分かってるわよ。あなたのほうこそ、後で後悔しても知らないから」
紗英は吐き捨てるように言うと、合い鍵を駿介へ向かって乱暴に投げつけ、玄関へ向かった。
そして、大きな音を立ててドアを閉め、そのまま勢いよく立ち去っていった。
「ちっ……あんな女、こっちから願い下げだ」
忌々しそうにつぶやきながら、駿介は吸いかけの煙草を灰皿に強く押し付けた。
コメント
15件

このお馬鹿さんお二人がまた絡んでくるのかなぁ。面白そう。
駿介は現実に気づけたようですね。紗英のことも。 しかし、紗英どこまで自信過剰なんだろ(笑)
似た者同士、どっちもどっちだわぁ…😮💨 まぁ、二人が別れようが、どーでもいいけど、ラブラブの二人の邪魔だけはしないでねっ😤 透也さんと、夏帆ちゃんのハイスペックのお二人は、ホントにお似合いよ~💕