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蛍光灯の光が白々と照らす教室の中央。机に押し倒された遥は、肩を押さえつけられたまま必死に頭を振っていた。
「さぁ、“裏切り”の証拠を出してもらおうか」
教師の低い声が、耳元で響く。
「言えよ、遥。日下部のこと、俺たちに全部話せ」
「……なにも……ない……っ」
「あるだろ? コイツの弱いとこ、隠してるはずだ」
遥の胸が締めつけられる。日下部が、拳を震わせて睨んでいる。
(俺が黙っていれば、アイツは守られる。俺が――)
しかし教師は、机を拳で叩いた。
「黙るなら、お前ら二人を一緒にやるぞ。友情ごっこはここで終了だ」
教室の空気がざわりと揺れる。
「二人同時って面白そうじゃん」
「どっちが先に泣くか賭けようぜ」
笑い声が弾け、遥の心臓が乱打する。
「……やめろ……!」
喉が裂けそうに叫ぶ。だがその叫びは、笑いにかき消されるだけ。
教師が顔を寄せた。
「遥。選べ。お前が“裏切る”か、二人で地獄に落ちるか」
遥は歯を食いしばり、涙に濡れた視界の端で日下部を見た。
日下部は必死に首を振っていた。
「言うな! そんなこと言わなくていい!」
だが、だからこそ。
「……ごめん……日下部……」
声は震え、途切れ途切れに、教室へ落ちた。
「アイツ……ずっと……親に殴られてる……」
一瞬、空気が止まった。
日下部の瞳が見開かれる。
「……遥……」
「夜……家帰りたくないって……何度も……俺んちに来て……」
遥は顔を歪めながら、絞り出す。止められない。止めたら、二人で潰される。
「服……脱いだら……背中……痣だらけで……」
「やめろォ!!」
日下部の絶叫が教室を震わせた。机を蹴り飛ばして立ち上がるが、すぐに後ろから押さえつけられる。
「おい、聞いたか? あのクール気取ってる日下部、家じゃ親にボコられてんだってよ」
「マジかよ、ダッサ!」
「うわ、可哀想~。でも隠してたんだな?」
笑いと嘲りが教室を満たす。
日下部は暴れ、唇を噛んで血をにじませる。
「……てめぇ……遥……なんで……!」
遥は床に額を押しつけ、嗚咽混じりに吐き出す。
「違う……違うんだ……俺は……!」
だが弁明の声は、誰にも届かない。
教師が冷ややかに告げる。
「これが“友情”だ。守りたい一心で、相手を売る。裏切りの完成形だな」
輪の外からは、さらに言葉の刃が飛ぶ。
「裏切りって最高だな」
「友情(笑)じゃん」
「おい日下部、親友に売られた気分どうだ?」
日下部の目が遥を刺す。怒りと絶望が混じったその眼差しを、遥は直視できなかった。
――守るために吐いた言葉が、最も大切な相手を傷つける。
自己犠牲は、結局いつも“逆効果”にしかならない。
笑い声が重苦しく響く中、遥の耳に残ったのは、日下部のかすれた一言だった。
「……もう、喋んなよ……俺のこと……」
遥の胸を、鋭い杭のように突き刺した。