テラーノベル
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廊下の端に、輪ができていた。誰かが笑っている。誰かがスマホを構えている。
「ほら、始めろよ」
前に立たされたのは、遥と、同じクラスの男子だった。
名前は知っている。会話はない。
「ケンカだろ? ケンカ」
誰かが言う。
「さっき肩ぶつかったんだって?」
「謝ってねぇし」
事実はどうでもいい。
理由は今、作られている。
相手の男子が、遥を睨む。
「……殴れよ」
声が低い。
「お前も殴れ。一方的だと、あとで面倒だろ」
周りが一斉に煽る。
「そうそう、殴れ」
「やられっぱなしはダサいぞ」
「抵抗しないの、気持ち悪いって」
遥は、拳を握れない。
(殴ったら……)
(殴り返したら……)
考えるより先に、相手の拳が飛んできた。
頬に当たる。
鈍い衝撃。
よろける。
「ほら!」
「今だろ!」
背中を押される。
「殴れって!」
「同意って思われるぞ!」
“抵抗しない=同意”
その言葉が、はっきり聞こえた。
遥は、震える腕を上げる。
相手の胸元に、弱く拳が当たる。
「……っ」
その瞬間、周囲が一気に盛り上がる。
「やった!」
「殴った殴った!」
相手の男子の目が変わる。
「やる気あんじゃん」
次の一発は、腹だった。
息が詰まる。
膝が折れそうになる。
「倒れんなよ」
「まだ途中だろ」
今度は肩。
次は背中。
殴られるたび、誰かが叫ぶ。
「ほら、殴り返せ!」
「それじゃ弱すぎ!」
遥は、拳を振るう。
当たらない。
当てられない。
「本気出せよ」
「手抜きか?」
その言葉で、また殴られる。
顔。
腕。
脇腹。
数は分からない。
ただ、立っていることだけに集中する。
(倒れたら……もっと……)
相手が息を荒くする。
「お前さ。殴る気ないなら、最初から来んなよ」
遥は、何も言えない。
周りの声が、冷たくなる。
「結局、被害者面か」
「やらせといてそれ?」
誰かが言う。
「じゃあ、これで終わりな」
「こいつが悪いってことで」
殴り合いは、
遥が殴られ続けた事実だけを残して終わる。
教師が来る。
「何してる」
一瞬の沈黙。
誰かが言う。
「ケンカです」
「お互い様」
教師は、遥を見る。
「……両成敗だな」
その一言で、すべてが整う。
遥は、拳を下ろす。
痛みより、
殴れと言われて、殴れなかった自分が
胸の奥に残る。
(俺は……ちゃんと、怒れない)
それが、
また次の理由になると分かっていても。
コメント
1件
**みぅ🤍🥀** ……しんどかった。読んでる間ずっと息が苦しかったよ。 「抵抗しない=同意」って言葉が、あの輪の中では全部を塗り潰す魔法みたいで。遥くんが殴れなくて震える手を上げた瞬間、すごく痛かった。最後の「ちゃんと怒れない」っていう自己認識が、また次の理由になると分かってるっていう絶望も重い。 でも、理不尽を描き切るruruhaさんの文章、ちゃんと受け取った。次、どうなっちゃうんだろう……心の準備して待ってるね。
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