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なぬえ
モノクロナツキ
847
遥は視線を落とした。
答えない。
答えれば余計なことになる。
答えなくても、面倒になる。
それは分かっていた。
だから黙る。
それが一番マシだった。
「何だよ、その顔」
颯馬は笑っている。
楽しそうだった。
獲物を見つけたみたいに。
「学校で何かあった?」
「……別に」
「へぇ」
颯馬は遥の返事なんて聞いていない。
顔を近づける。
「誰と?」
「……」
「何を?」
「……」
「誰に?」
沈黙。
それだけ。
それなのに。
颯馬は嬉しそうだった。
「やっぱり何かあるじゃん」
「違う」
「何が?」
「……」
「違うって何?」
言葉が詰まる。
何もない。
本当に。
何もない。
なのに。
今日一日のことを思い出そうとすると、購買の帰り道や缶ジュースや階段の踊り場での日下部の顔ばかり浮かぶ。
それが嫌だった。
「お前」
颯馬が声を落とす。
「最近さ」
「……」
「外ばっか見てない?」
心臓が跳ねた。
顔を上げそうになって、止める。
「別に」
「ふーん」
颯馬は笑った。
「じゃあいいや」
そう言って離れる。
離れた。
はずだった。
次の瞬間。
後ろから強く肩を殴られる。
不意を突かれた遥は体勢を崩した。
壁にぶつかる。
「っ……!」
「何びびってんの?」
笑い声。
「遥、顔色悪いよ?」
颯馬は楽しそうだった。
「そんなに怖い?」
怖い。
でも答えない。
「何か後ろめたいことでもあんの?」
「ない」
「じゃあこっち見ろよ」
顎を掴まれる。
無理やり顔を上げさせられる。
「何でそんな顔してんの?」
「……知らねぇ」
「嘘」
颯馬は即答した。
「知ってる顔だもん」
「……」
「隠し事してる顔」
晃司が鼻で笑った。
「放っとけ。どうせろくなことじゃねぇ」
ソファから沙耶香の声が飛ぶ。
「また余計なこと考えてるんじゃない?」
遥は唇を噛んだ。
違う。
余計なことなんか。
考えていない。
考えたくない。
それなのに。
「なぁ」
颯馬の声。
近い。
「誰?」
遥の呼吸が止まる。
「……は?」
「誰といたの?」
「誰とも」
「へぇ」
笑う。
「即答じゃん」
「……」
「図星?」
「違う」
「じゃあ名前言ってみろよ」
「いない」
「友達?」
「違う」
「先輩?」
「違う」
「女?」
「違う」
「男?」
遥の肩がぴくりと動いた。
ほんの一瞬。
自分でも気づかないほどの小さな反応。
でも。
颯馬は見逃さなかった。
「あ」
笑みが深くなる。
「何その反応」
嫌な汗が滲む。
「へぇ、 男なんだ」
「違う」
「違わないじゃん」
「違うって言ってんだろ」
声が大きくなる。
しまったと思った時には遅かった。
リビングの空気が静かになる。
晃司も。
沙耶香も。
視線を向ける。
颯馬だけが。
楽しそうに笑っていた。
「そんな怒ること?」
「……」
「まだ何も言ってないけど?」
遥は何も言えなかった。
自分でも分からない。
何でこんなに必死になっているのか。
何でこんなに動揺しているのか。
分からない。
分かりたくない。
ただ。
頭のどこかで。
日下部とのことだけは。
絶対に。
この家に知られたくない。
それだけは。
痛いほど分かっていた。
コメント
1件
うわあ……第98話、読み終えました。颯馬の「獲物を見つけたみたいな」笑い方、本当に怖かったです。遥が必死に隠そうとすればするほど、じわじわと追い詰められていく感じが手に取るように伝わってきました。特に「男?」で肩が動く一瞬の描写、あそこがもう……心臓掴まれました。日下部とのことを絶対に知られたくない、その必死さが痛いほど伝わってきて、胸が締め付けられました。続きが気になります。