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──放課後の遊園地。夕焼けが観覧車の鉄骨を橙に染め、アトラクションのざわめきが遠くへ揺れていた。
日下部が無言で差し出したのは、思ったより小さなチケットだった。
「……二人用、って書いてあるけど」
「だから、ってことじゃないの」
遥は眉をひそめたまま、そのまま乗り込んだ。
ぎし、と観覧車のゴンドラが揺れる。乗り込んだ瞬間、狭さが際立った。太ももが、肩が、わずかに触れる。ふたりとも、そっぽを向いたまま数分が過ぎた。
「さっき、蓮司が言ってた。おまえ最近、ちゃんと笑ってるって」
「……あいつ、いちいち見てんな」
「オレも、見てたけど」
遥は言葉を飲み込んだ。横顔が近い。いつもより、少し無防備な日下部の睫毛。首筋の下、制服の第一ボタンが緩んでいるのが見えた。
「……なあ、」遥がぽつりと言う。
「もし、オレがおまえのこと、ほんとに好きだったら、どうする?」
日下部は黙っていた。その沈黙が、観覧車の揺れと一緒に、重力みたいに遥の胸を圧した。
「べつに、そうだって言ってねーけど。たとえば、ってだけだし」
「──だったら、もう少し近くに座ればいいのに」
低く、かすれた声だった。遥が顔を向けた瞬間、唇が、触れた。
正確に言えば、触れそうで、触れなかった。
ぎりぎりの距離で、日下部の目が見ていた。怖がってるみたいで、なのに、逃げなかった。
「……馬鹿か、おまえ」
「うるせぇ」
「……顔、赤い」
ふたりとも、もうそれ以上何も言わなかった。観覧車がゆっくりと高みに近づく。街の灯りが滲み始めるその下で、指先が、かすかに絡んだ。