テラーノベル
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昼休み。
遥が席に座った瞬間、すぐ横に影が落ちた。美桜だ。
耳元に顔を寄せ、吐息すれすれの声で囁く。
「ねえ、今日のパン買ってきて。私の好きなやつ分かるよね?」
遥は一瞬だけ目を伏せた。
「……メロンパン……と、カフェオレ……?」
「正解。覚えてるところだけは褒めてあげる」
美桜はわざと遥の机を軽く叩く。
「急いで。売り切れてたら意味ないから」
他の女子もすぐ動く。
「あ、じゃあついでにこれも。お金はあとででいいでしょ」
「私もー。飲み物、氷入ってるやつがいいな」
「ほら、早く。のろいんだから移動くらいは頑張りなよ?」
遥の机は、頼みごとを書いた付箋と小銭と紙くずでいっぱいになる。
誰も“ありがとう”とは言わない。
それが当たり前だと思っているからだ。
購買前の行列に並ぶと、別クラスの生徒たちがこちらを見て笑った。
「あいつ、また女子のパシリか?」
「いや、あれは『パシリ』っていうか……なんつーの?人間じゃない感じ?」
「女子の荷物持ち専門ってウワサ聞いたぞ」
遥はうつむいたまま順番を待つ。
手には五人分のメモ。
背中には刺さるような視線。
メロンパンを取ろうとした瞬間、後ろから男子がぶつかってきた。
「おっと、ごめーん。邪魔だったわ」
わざとパンを落として踏む。
「あーあ、これじゃ食えねぇじゃん?どうすんの?」
遥は拾い上げた。
「……他のにします……」
「は?そういう問題じゃねえだろ。女子に怒られんの、お前なのに?」
男子たちは笑いながら動画を撮り始める。
「“パシリの遥、ミスる”ってタイトルでいい?」
「もっと面白いのがいい。『雑用係、仕事失敗』は?」
購買から戻ると、美桜が腕を組んでいた。
「遅い」
「……ごめんなさい」
美桜は袋の中をチェックし、眉をひそめる。
「ねえ、これ。氷少なくない?」
「……売り切れてて……」
「だから? “仕方ない”って思ってるわけ?」
周りの女子がクスクスと笑い始める。
美桜は遥のシャツを軽くつまみ、少し引き寄せた。
「さぁ、みんなの前で言って。
——自分がダメだから、ちゃんと買えなかったって」
遥は息をのむ。
喉が乾いて声が出ない。
美桜が追い打ちをかける。
「ねぇ、言えるよね? だって“そういう役”でしょ?」
「……俺が……ダメで……すみません……」
笑いが教室じゅうに広がる。
「ほんとに言った」
「やば、素直すぎ」
「女子に囲まれて言わされてんの、似合うよね」
美桜は満足そうに言う。
「よし。じゃあ罪滅ぼしに、午後は私の席の周り全部片付けて。
もちろん“静かに”ね。音出したら動画撮るから」
放課後。
男子たちのSNSには新しい動画が上がった。
《#雑用遥》
《#女子に怒られる男》
《#クラスのペット扱い》
内容は午前の購買で踏まれたパン、
女子に謝らされる遥、
机を黙々と片付けさせられる姿。
コメントは残酷なほど軽かった。
「これ他クラスにも回していい?」
「うちでも使いたいんだけど、このネタ」
「“欲しいものリスト”渡せば勝手に買ってくれそう」
笑いながら拡散され、
気づけば隣のクラス、さらに上級生にまで噂が広がっていく。
「お前、遥っていうんだ?」
「うちの女子も手伝ってやれよ」
「使えるわ、こういう奴」
遥はただ歩くだけで押され、つつかれ、笑われる。
翌日。
別クラスの女子が遥の机に前に立つ。
「ねぇ、あなたってこういう扱いでいいんだよね?」
遠慮のない笑顔。
「昨日の動画で見たよ。すごいね、女子のために走れるんだ」
遥は答えられない。
唇だけが震える。
「返事は?」
女子の声は甘いが、拒否を許さない圧がある。
「……はい……」
「よかった。じゃあこれ、購買で買ってきて。
うちのクラス、今日は混むからさ。助かる〜」
遥が受け取ると、その女子は友人に向かって言った。
「ほら、やっぱ動画の通り。言えば何でもやるよ」
笑い声が重なり、
遥の居場所はクラスだけでなく学校全体へと拡大していく。
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