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切られる側は、切られる瞬間を知らない。
日下部も、そうだった。
昼休み。
教室はざわついている。
遥は席にいない。――最初から、誰も気にしていなかった。
「なあ日下部」
背後から声がする。
振り向くと、いつもの連中が机に寄りかかっていた。
「最近さ」
「お前、あいつと関係あったっけ?」
その言い方に、日下部の胸が一瞬だけ引っかかる。
「あいつって……遥?」
名前を出した自分に、軽い違和感。
「そうそう」
「前は絡んでたみたいだけど」
日下部は即答した。
「もう関係ない」
きっぱり。
自分で驚くほど、迷いなく。
「だよな」
「だって、あれ庇う意味ないもんな」
笑い声が起きる。
日下部は、笑わなかった。
だが、止めなかった。
それが“了解”として受け取られる。
そのやり取りを、少し離れた場所で蓮司が見ていた。
視線は静か。
計測するような目。
——十分だな。
放課後。
遥は、また階段裏に立っていた。
逃げない。
予測できているからだ。
「お、来てる」
今日は五人。
いつもより一人多い。
最初の一発は、腹だった。
息が強く抜ける。
「……っ」
次は、脇腹。
間髪入れず、太腿。
倒れたところを、囲まれる。
人数差が、蹴りの重なりになる。
「ほら」
「日下部も、完全に切ったらしいぞ」
誰かが言う。
その言葉は、今までより“軽かった”。
確認済みの事実を告げるだけの調子。
遥の胸が、小さく揺れた。
——知ってる。
もう、そこに痛みはない。
「誰にも必要とされないって、こういうことだよな」
蹴り。
「役目終了」
また、蹴り。
力は相変わらず調整されている。
だが、回数が増えている。
止まる理由が、なくなったからだ。
「……っ、」
呼吸が乱れる。
肺が上手く広がらない。
それでも、遥は声を出さない。
出せば、“まだ縋っている”ことになる。
「相変わらず静かだな」
「ほんと、つまんね」
最後に一発、腹。
鈍く、深い。
遥の体が横に転がる。
「じゃ」
足音が去る。
入れ替わるように、蓮司が来た。
一人で。
「……お疲れ」
声は、穏やかだった。
遥は答えない。
返せる言葉も、返す意味もない。
「日下部ね」
蓮司は続ける。
「もう完全に関係ないって」
確認。
宣告。
遥は、床を見つめたまま、目を閉じる。
胸の奥で、小さく何かが“終わる”。
期待でも、失望でもない。
ただ、区切り。
「でさ」
蓮司は、しゃがみ込まない。
距離を保ったまま言う。
「こうなると、話が早いんだよね」
遥は、ゆっくりと息を吸う。
痛い。
相変わらず。
だが、心は奇妙なくらい静かだ。
「……最初から、俺しか見てなかっただろ」
蓮司の声。
それは問いではない。
「日下部は、通過点。
ああいうタイプ、使いやすいけど、脆い」
遥の内側で、拒絶の火が小さく揺れる。
——使われたのは、俺だ。
——でも、同意はしてない。
蓮司は立ち上がる。
「明日からは、もう少し分かりやすくなると思うよ」
「変な遠慮、なくなるし」
去り際、振り返りもしない。
「じゃ。ちゃんと立てるなら、戻りな」
足音が遠ざかる。
残された静寂。
遥は、しばらく動かなかった。
腹が痛む。
脚が震える。
それでも。
——ここにいる限り、殴られる。
——でも、俺は“納得”してない。
立ち上がる。
壁に手をつき、ゆっくり体を起こす。
視界が揺れるが、倒れない。
日下部の影は、もうどこにもない。
それでいい。
ここから先は、
完全に、蓮司と向き合う場所だ。
遥の中で、拒絶の火が、確かに燃えていた。
消えない。
奪えない。
折れてはいない。