次の日の日曜日、涼平は清々しい気持ちで目覚めた。
昨日の事を思い返す度に顔の頬が緩む。
昨日一日詩帆と一緒にいて、詩帆の新たな面を沢山知る事が出来た。
そしてそれでもまだ足りないといった感じで、更に彼女の事が知りたくなる。
それは一分一秒でも早く、今すぐにでもだ。
自分がこんなにせっかちな人間だとは思ってもいなかった。
待てない気持ちと、詩帆を不安にさせないようにゆっくりとという気持ちが激しく交錯する。
そして何とも言えないもどかしい気持ちになる。
昨日詩帆を家に送り届けたのは夜の九時少し前だった。
あれからまだ十二時間しか経っていないのに、もう詩帆に会いたくて会いたくて仕方がなかった。
その時涼平は、突如思い立ったようにバスルームへ向かいシャワーを浴びる。
そして着替えを済ませると、鍵と携帯を手にして詩帆がいるカフェへと向かった。
その日詩帆は通常勤務だったので朝から店にいた。
日曜日の朝という事もあり、店内は休日の朝のコーヒーを楽しむ客で割と混んでいた。
買い物前に朝食をとる人や友人と待ち合わせをしている人、それぞれが朝の時間をゆったりと過ごしている。
この日はコーヒー以外にサンドイッチやスイーツが飛ぶように売れていた。
客が途切れた瞬間を見計らって、詩帆は素早くサンドイッチの補充を済ませると再びカウンター内へ戻る。
その時入口から涼平が入って来るのが見えた。
「おはよう!」
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
詩帆は涼平にしか聞こえないような小声で言った。
すると涼平も声を潜めて、
「楽しかったね。また行こう」
と笑顔で言うと注文を始める。
「いつものコーヒーとマフィンをひとつ」
その注文を聞いた詩帆が呟く。
「あれ? やっぱりマフィンに戻ってる」
「すみません、頑固者なんです!」
その言葉に詩帆はクスクスと笑った。
そしてコーヒーとマフィンをトレーに載せると、
「ごゆっくりどうぞ」
と言って涼平に渡した。
涼平は「ありがとう」と言って受け取ると、今空いたばかりの窓際の席へ向かった。
涼平は今日は特に用事もなかったので、コーヒーを飲みながらのんびりと寛いでいた。
時折詩帆の方を見て詩帆がそこにいる事を確認すると、ホッとしたようにまた視線を戻す。
同じ空間に詩帆がいるというだけで何とも言えない安らいだ気持ちになるから不思議だ。
手元にある携帯はほとんどカモフラージュの要素しかなく、時折ニュースなどをチェックしてみるが内容が全く頭に入ってこな
い。
(こりゃやっぱり初恋だな)
涼平は自分の事が可笑しくて思わず頬が緩んだ。
その時、自動ドアの開く音と共に一人の男性が店内に入って来た。
男性はカウンターにいる詩帆に向かい合うと、驚いて声をかける。
「あれ? もしかして江藤さん? 江藤さんだよね?」
その声を聞き涼平は慌てて詩帆の方を見た。
すると注文カウンターではスーツ姿にメガネの男が詩帆に話しかけている。
男性の年齢は涼平と同じくらいだろうか?
声をかけられた詩帆は一瞬誰だかわからない様子だったが、
「あ!」
と言ってからみるみる笑顔になり男に向かって言った。
「うわー、西田先生お久しぶりです。びっくりしましたー」
詩帆はその西田という男と知り合いのようだ。
しばらく二人は立ち話をしていたが、西田の注文の品が出来上がると詩帆はそれを渡す。
そして西田という男に向かって、
「どうぞごゆっくり」
と言った。
「いやーこんな所で会えるなんてびっくりだね。じゃ!」
西田は詩帆にそう言ってからテーブル席へ移動した。
西田が涼平の方へ向かって来たので、涼平は慌てて視線を逸らす。
すると西田は涼平の隣へ座った。
涼平は隣に座ったその西田という男の事をさりげなく観察し始める。
西田は席に着くとすぐにビジネスリュックからパソコンを取り出し何やら作業を始めた。
パソコン画面がちょうど照明に反射して画面の内容が見えない。
しかし軽快にキーボードを叩く様子からは、かなり仕事が出来そうなタイプに見えた。
詩帆が「西田先生」と呼んでいたので、学校の先生だろうか?
それとも大学の講師か教授?
いや、教授にしてはまだ若すぎる?
涼平は西田が詩帆とどういう関係なのかが気になり悶々としていた。
そして今度はチラリと詩帆の様子をうかがう。
しかし詩帆は特に気にする様子もなく、普段通りに仕事をしていたので涼平は少しホッとした。
涼平は、今日はコーヒーを飲んだらすぐに帰る予定だったが西田のせいで帰れなくなっていた。
自分が帰った後、また詩帆と西田が会話をする可能性がある。
だから涼平は西田が帰るまでは自分も帰れないと思っていた。
涼平のカップのコーヒーは既になくなっていた。
さすがに手持無沙汰になったので、もう一杯コーヒーを買いに行こう。
その時に詩帆と話すチャンスがあったら、さりげなく西田について聞いてみればいい。
そう決心した涼平は、席を立つとカウンターへ向かった。
するといつの間にか詩帆はカウンターの左手奥へ移動し、ドリンクを作る係に変わっていた。
詩帆の代わりにレジにいたのは、声が大きい事で有名な空手の先生の美佐子だった。
美佐子は涼平が近づくと相変わらず大きな声で、
「いらっしゃいませ」
と笑顔で迎える。
涼平は肩をがっくり落とすと、仕方なく美佐子にコーヒーの追加注文をした。
「コーヒーのグランデですねーありがとうございまーす」
美佐子は鼓膜が破れるかと思うくらいの大声で言った。
その時左側にいた詩帆は、バックヤードのスタッフに呼ばれて奥へ引っ込んでしまった。
涼平はさらにガッカリする。
その時コーヒーの準備が出来て美佐子が迫力のある笑顔で涼平に手渡した。
「ごゆっくりどうぞー!」
美佐子は再び耳をつんざくような大声で言った。
美佐子の迫力に圧倒されたまま涼平がヨロヨロと席へ戻ると、
西田がパソコンを閉じてカフェを出る準備を始めていた。
(なんだよ、もう帰るのかよ)
そう思った涼平は、椅子に座ると再び西田の様子をうかがう。
帰り支度をしているのに、西田はなかなか出て行かない。
詩帆が出て来るのを待っているのだろうか?
その時、詩帆が奥から戻って来た。
詩帆が美佐子に話しかける声が聞こえると、西田はリュックを手にして立ち上がった。
そして飲み終えたカップを直接詩帆へ持って行く。
そこで再び二人が会話を始めたので、涼平は必死でその会話を聞き取ろうとしたが、
手前にいる美佐子の大声で二人の話し声は見事にかき消されていった。
しかし次の瞬間、西田が詩帆に名刺を渡しているのを涼平は見逃さなかった。
詩帆はそれを受け取ると西田にお辞儀をし、西田は手を振りながら笑顔で店を後にした。
コメント
3件
涼平さんのヤキモチ?可愛い🤭でも気になるよね!誰だろー?どんな関係か、知りたいよね~。
頭の中は 詩帆ちゃんでいっぱいの涼平さん💕💕 幸せ気分でカフェに行ったのに....☕️(´・ω・`; )⤵️ 詩帆ちゃんに近づく男性の存在、気になっちゃうよね~😔
せっかくウキウキで詩帆ちゃんに会いに行ったのに、涼平さんの知らない男性が近づいてる⁉️💦😱 詩帆ちゃんも知ってる相手みたいだけど、涼平さんにしたら心穏やかじゃないよねー😔💧 これはー、しっかりと詩帆ちゃんに確認だね‼️