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シェルターの扉が閉じきる前に、雨は屋根を叩きつける音へ変わった。
乾いた拍手のようだった音が、すぐに厚い布を何枚も重ねたような響きになる。外の橋は、提灯の灯りをにじませながら水の向こうへ遠ざかっていく。それでも鐘の音だけは中継装置を通ってはっきり届き、夜の中心がまだ途切れていないことを知らせていた。
「行ける」
サディオが装置の前で短く言う。
樋を伝った雨水が、空き瓶と受け皿へ順番に落ちる。高い音、丸い音、少し遅れて響く低い音。さっきまで厄介者だった豪雨が、目の前でまるごと楽器になっていく。
ジャスパートは客席の上の灯りをゆっくり絞り、かわりに天井近くへ淡い光を走らせた。しずくの粒がその中を横切るたび、まるで夜空の星が落ちてくるみたいに見える。観客席から小さなどよめきが起きた。
デシアは舞台の中央へ立ち、録音機を胸の前で抱き直す。
「今夜の主役は、逃げてきた音じゃない」
彼女の声が静かに広がる。
「ここへ来た音です」
その一言のあとで、サディオの雨楽器が本格的に鳴り出した。屋根を打つ水、樋を落ちる水、床へ届く前に受け止められる水。ばらばらだった雨音が、順番を与えられた瞬間に意味を持ち始める。
サベリオは客席の横で、その変化に息をのんだ。
何度もこの雨を憎んだ。橋を壊し、人を濡らし、命まで奪った夜の音だと思っていた。けれど今は違う。誰かが受け止め、つなぎ、居場所を作れば、同じ音が人を前へ運ぶものになる。
モルリが屋台班へ合図を送り、温かい飲み物を静かに回し始める。ハルティナは濡れた肩の人へ布を渡し、ミゲロは足元の水気をぬぐう。舞台の真ん中だけではなく、客席の隅々までがひとつの大きな演奏に参加していた。
中継された橋の鐘が、雨音の上へ重なる。
その瞬間、シェルター全体の空気が変わった。
危機をしのいでいるだけではない。ここでしか鳴らせない夜が、たしかに始まっている。
デシアがサベリオを見る。
サベリオはうなずく。
最悪の天気は、もう最悪のままではなかった。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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