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ドアは、いつもより静かに閉まった。
相談者は椅子に座ってからも、すぐに話さなかった。
足先で床を軽く蹴って、視線は壁のポスターに向けたまま。
「……なあ」
蓮司が先に言う。
「今日は、様子が“静かすぎ”だな」
「うん。ちょっと考えてた」
「考え事はここでほどけるやつと、
ここじゃほどけないやつがある」
「ほどけない方かも」
「じゃあ、ほどけない前提で聞く」
相談者は小さく笑った。
「優しいな」
「性分」
間を置いて、相談者がぽつりと出す。
「相談ってさ、いいことだと思ってた」
「普通はな」
「でも俺の周りだと、違う」
蓮司は急かさない。
「相談するとさ」
相談者は言葉を探す。
「“あいつ外で喋った”ってなる」
「内部告発扱い?」
「そう。裏切り者認定」
「しんどい環境だな」
「でもさ、みんなそれで回してるから」
相談者は肩をすくめる。
「家のことも、部活のことも、友達関係も」
「全部?」
「全部。
外に出したら終わり、みたいな」
蓮司は湯のみを持ち上げて、置いた。
「じゃあ、ここに来てる時点で」
「もう裏切りかも」
冗談みたいな言い方だった。
でも目は笑っていない。
「誰に対する裏切りだと思ってる?」
「家。仲間。あと……」
少し間が空く。
「“ちゃんと我慢してる自分”」
蓮司は、そこで少しだけ表情を変えた。
「なるほどな」
「耐えてるのに、外に言ったら、
それまで全部無駄になる気がする」
「努力が裏切りに変換されるやつだ」
「そうそう」
相談者は指を組む。
「だからさ、しんどくても言わない」
「でも、ここには来る」
「ここは……」
言いかけて、止まる。
「ここは、ギリ裏切りじゃない気がする」
「理由は?」
「名前出さないし。証拠も残らないし」
蓮司は軽く息を吐いた。
「自分を守るための条件設定だな」
「卑怯?」
「賢い」
即答だった。
「裏切りって言葉、誰が作ったと思う?」
「……強い側?」
「だいたいな」
相談者は少しだけ視線を上げる。
「相談=裏切り、って構図は」
蓮司は続ける。
「中の問題を外に出されたくない側に都合がいい」
「……確かに」
「守ってるのは、人じゃなくて構造だ」
相談者の眉が、わずかに動く。
「構造?」
「その環境が、何も変わらずに回る仕組み」
少し沈黙。
「じゃあさ」
相談者が言う。
「俺が誰にも言わずに耐えてるのって」
「環境に協力してることになる」
相談者は苦く笑った。
「最悪じゃん」
「でもな」
蓮司はすぐに付け足す。
「お前が悪いわけじゃない」
「でも選んでる」
「生き残るために、な」
相談者は椅子にもたれた。
「裏切り者って呼ばれるより、
我慢してるほうがマシ、って思ってた」
「今は?」
「……ちょっと怪しい」
蓮司は軽く頷く。
「相談ってさ」
「うん」
「裏切りじゃなくて、脱出経路なんだよ」
相談者は、はっとしたように黙る。
「閉じた場所ほど、逃げ道を“悪”にする」
「逃げたら負け、みたいな?」
「それ」
しばらくして、相談者が言う。
「ここに来てる俺ってさ」
「うん」
「もう、ちょっと逃げてる?」
「もう十分、耐えた顔してる」
相談者は、小さく息を吐いた。
「……誰にも言うなよ」
「守秘義務」
「じゃあさ」
少し間を置いて。
「今日のこれ、裏切り?」
蓮司は、間を置かずに言った。
「生存」
相談者は、ようやくちゃんと笑った。
「そっか。
じゃあ、もう少し生きるわ」
その言い方が、
冗談みたいで、
冗談じゃなかった。