報告書は、静かに完成した。
結論は簡潔だった。
依頼人の供述は一貫しており、警察の対応も妥当。
被害届が提出されていない以上、法的な進展はない。
探偵社として確認できる事実はすべて確認済み――以上。
真琴は、文面を最後まで読み返してから頷いた。
「これで、表向きは十分ね」
玲も同意する。
「論理的な欠落はありません。余計な推測も入っていない」
燈は椅子の背にもたれ、天井を見た。
「なんつーか……後味は悪いけどな」
「後味が悪いからって、事実が増えるわけじゃない」
玲は淡々と言った。
澪は何も言わず、窓の外を見ていた。
午後、依頼人が再び探偵社を訪れた。
前回と同じ服装。落ち着いた態度。
ただ、わずかに目の奥が揺れている。
真琴が報告を伝える。
確認した範囲、結論、これ以上掘り下げる必要はないという判断。
依頼人は、黙って聞いていた。
「……つまり」
男は言葉を探しながら言う。
「自分が話した“理由”は、正しいかどうか分からない」
「はい」
真琴は、曖昧にせず答えた。
「それが今回、分かったことです」
男は、少しだけ苦笑した。
「それでも、罪は消えない」
「消えません」
真琴は静かに言う。
「でも、増えもしません」
しばらくの沈黙のあと、男は立ち上がった。
深く頭を下げる。
「ありがとうございました。……これで、区切りがつきます」
区切り、という言葉が正しいかどうかは、誰にも分からない。
それでも、依頼は完了した。
男が去ったあと、燈がぼそりと言った。
「結局、何も変わってねえ気もする」
「変わらないことを確認する依頼もあるよ」
真琴はそう返した。
事務室では、伊藤が報告書を受け取っていた。
丁寧に目を通しながら言う。
「整理された内容だな。提出用として問題ない」
「お願いします」
真琴が言う。
「ああ。こちらで保管、共有する」
伊藤はいつも通り、穏やかな声だった。
ファイルが棚に収められる。
背表紙には、短い事件名と日付。
それだけだ。
探偵社の日常は、すぐに戻ってきた。
次の依頼の電話。
他愛のないやり取り。
変わらない机の配置。
澪は、ふと立ち止まり、棚を見た。
今しがた収められたファイルの隣に、よく似た厚みの資料が並んでいる。
どれも、きれいに整っている。
澪は何も言わなかった。
確信を口にする段階ではない。
それに――
この事件は、終わったことになっている。
表向きには。






