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例の依頼が終わってから、数日が過ぎた。
探偵社はいつも通りだった。
新しい依頼は入り、真琴は応対し、燈は不機嫌そうに口を挟み、玲は要点だけを拾い、伊藤は黙々と資料を整える。
何も変わっていない。
少なくとも、外から見れば。
澪だけが、少しずつ行動を変えていた。
夜。
他のメンバーが帰ったあと、澪は一人で資料室に残ることが増えた。
理由を聞かれても、「ちょっと整理したくて」とだけ答える。
棚に並ぶファイルは、どれもよく似ている。
事件名は違う。
内容も違う。
だが、構成が同じだ。
最初に簡潔な概要。
次に時系列。
最後に、結論。
どの事件も、「説明が成立している」形で終わっている。
澪は、ファイルを引き抜いた。
名乗り出た犯人。
整った動機。
揺れのない供述。
ページをめくる。
違和感の正体は、ずっとそこにあった。
ただ、それを言葉にできていなかっただけだ。
――説明が、人のためすぎる。
自分を守るためでも、逃げるためでもない。
第三者が理解しやすいように、過不足なく整えられている。
それは、自然発生するものじゃない。
澪は、他の事件のファイルも引き出した。
同じだ。
語彙が揃い、順序が揃い、感情の位置まで揃っている。
「……誰かが、整えてる」
声に出した瞬間、胸の奥が静かに冷えた。
その「誰か」は、事件の当事者とは限らない。
もっと手前。
もっと、近いところにいる。
澪は、ふと事務室の方を見る。
電気は消えている。
机の上は、いつも通りきれいだ。
伊藤は、今日も普通に仕事をしていた。
丁寧で、穏やかで、頼れる事務担当。
探偵社の誰も、彼を疑っていない。
澪は、ゆっくりとファイルを元に戻した。
確証はない。
直接的な証拠もない。
ただ、線が繋がった。
「説明が成立する形」
「記録が残りやすい形」
「誰も悪者にならない結論」
それらが、偶然ここまで揃うとは思えなかった。
澪は、これ以上調べるのをやめた。
今、この段階で踏み込めば、探偵社そのものが揺れる。
そして――
他の三人は、まだ、そこまでを見る準備ができていない。
翌日。
真琴が、何気なく聞いた。
「最近、遅くまで残ってるけど、大丈夫?」
澪は微笑んだ。
「大丈夫。ちょっと、考え事してただけ」
玲は特に反応せず、燈は興味なさそうに鼻を鳴らす。
伊藤は、書類から顔を上げた。
「無理はするなよ、澪さん」
穏やかな喋り方。
いつもと同じ声。
「ありがとうございます」
澪は、視線を合わせて答えた。
ほんの一瞬。
何かが通り過ぎた気がしたが、確信には至らない。
澪は、その場では何も言わなかった。
この探偵社は、壊す場所じゃない。
守る場所だ。
だから、距離を取る。
真実に近づきすぎない、静かな位置に。
事件は終わった。
記録も整った。
依頼人も納得した。
それでも、余白は残っている。
澪だけが、それを知っている。