テラーノベル
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リビングの空気は湿ったまま、裁判ごっこが終わっても誰も去らなかった。俺だけが立ったまま。十人近い輪の真ん中で、背筋に汗が流れる。喉はからからだ。
「さて、次の刑を決めないとね」
怜央菜がキッチンからペットボトルをぶら下げて戻ってくる。
「飲みたい?」
わざとらしく揺らしながら俺に近づく。
「……」
喉が鳴る音を自分でも聞いた。
「返事は?」
「……飲みたい」
かすれた声に、部屋がくすくすと笑いで満たされる。
「でも今日は給水禁止。お前が勝手に飲むとどうなるか分かってるよな」
晃司がリモコンを指の間で弄びながら、にやりと笑った。
「冷蔵庫、今日から鍵つけるわ。お前の分はなし」
沙耶香がスマホを構えて俺の顔を覗き込む。
「ほら、もっと悲しそうな顔してみて。撮って送るから」
「やめろよ……」
声が震えた。
弟の颯馬が背中を小突いた。
「情けないな。喉乾いたぐらいで泣くなよ。掃除終わるまで水の一滴も許さねぇ」
友人の一人がわざとコップの水を床にこぼす。
「ほら、これでも舐めれば?氷もあるぜ」
笑い声が一斉に弾けた。
俺は必死に視線を落とす。
喉の奥が焼けつくようだが、何も言えない。
膝が震え、足裏から冷たい床の感触が刺さる。
「ちゃんと聞いてるか?」
晃司が低い声で迫る。
「明日の夕方まで、飲み食いは禁止。掃除と洗濯終わるまでな」
怜央菜が追い打ちをかけるようにささやく。
「でもさ、もしどうしても飲みたくなったら……床に残った水を舐めてみなよ。許すかも」
また笑い。
俺の中の何かが音もなく崩れていく。
言い返す言葉はひとつも浮かばない。
ただ喉が、体の奥が、からからに乾いていく感覚だけが濃く残った。
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