テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
月咲やまな
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「…………っ」
王都の隅にある、忘れ去られた廃屋で一人。言葉を失った男が呆然としている。
記録院・バベルにて、柊也を襲った男だ。
黒衣にその身を纏い、フードで隠した顔は口元しか見えていないが、口は開いたままで『遠見の鏡』をただただ見詰める事しか出来ない。鏡に映し出されている様子が理解出来ず、圧倒的大差で、多大なる魔力を消費してまで召喚した魔物達が焼け死んでいく映像を、現実として受け入れる事も出来ない。
呆気に取られてぽかんとしていると、黒衣の男は突然何者かの爪で頰を撫でられ、その身を強張らせた。
「あーぁ、残念でしたねぇ。こうも力の差を見せ付けられては、悔しいのではないですか?」
クスクスと笑いながらそう言われ、黒衣の男が慌てて後ろに振り返った。
「——き、貴様が何故ここに⁈」
絶対に姿を現すはずの無い存在を前にして、黒衣の男が驚きを隠せない。目の前に突如気配も無く出現した者に対して畏怖の念を感じ、無意識に体をガタガタと震わせている。額からは汗が流れ、顔は真っ青だ。
「おやおや……私の可愛い者達を散々召喚し、殺しておきながら、私が貴方の元へ来ないなど……そこまで楽観視していたとは、笑えますねぇ」
「こ、殺したのはワタシでは無いぞ!」
「でも、何度も何度も今回の様に嗾しかけはしたでしょう?凶暴になる様に調教されたモノもいましたしねぇ。あぁ……なんと可哀想に」
可哀想だと言いながらも、突然現れた男はずっと楽しそうに笑っている。底意地の悪そうな雰囲気のある顔の口元を弧の様に歪ませ、黒衣の男の頰を再び長い爪でスッと撫でた。
「わ、ワタシに手を出すのは条約違反になるぞ?」
「別に、私は貴方を殺しに来た訳ではありませんよ?魔物達が貴方の呼び掛けに応じたのは、個々の勝手な判断であって、私の関与するところではありませんからね。ただ……私の“アレ”らを召喚した代償を、死んだ者らに代わって、私に寄越せと言いたいだけですから」
「こちらへ貴様が出てくる事自体が、違反行為だ!」
焦りから、黒衣の男の声が大きくなる。
「おやおや。私は貴方の『召喚魔法』に便乗しただけで、自らの意思でこの国を、地を、汚してなどおりませんがねぇ。なのでこれに関しては、レーニア国王の怒りを買う事も無いでしょう」
男の言葉を聞き、黒衣の男が声を詰まらせた。限りなく黒に近い言い分だが、災いの種を蒔いた身としては反論も出来ない。
「……あくまでもワタシの『召喚』に応じたと言うならば……お前が、【純なる子】を殺せ」
憎々しげに顔を歪ませ、黒衣の男が呟いた。
“コイツ”が動けば、流石に“あの狐”が側に居ようと、確実に柊也を仕留められる確信がある。事実そうなのだが、突然現れた男は、ゆるゆると首を横に振った。
「あぁ……残念ながらそれは出来ません。それこそ貴方では差し出せぬ程の『代償』が必要になりますよ?現時点でもう、相当な『代償』を私へと差し出さねばならぬのに。……まさか『それでも』などと言う気は流石にありませんよね?半数以上の民を贄として差し出し、『傾国の王子・ライエン』として後世に語り継がれたいのですか?」
「う、煩い!その名を今口にするな!誰かが聞いていたら、いったいどうする気だ!」
周囲を気にする事なく腕を振り回したせいで、古い机に置かれていた遠見の鏡に手が当たり、勢いで叩き落としてしまった。
ガシャンッ!と音をたてて割れる遠見の鏡を横目に、男は楽しそうにニヤニヤと笑い続けている。
「そうなれば、確実に立場が悪くなるでしょうねぇ。ですが、私と二人で居る時点で、もう相当まずいのでは?」
「な、ならばとっとと今回の召喚の代償とやらを言え!そして、さっさと自らの世界へ帰れ!」
「……今は内緒にしておきましょう。後でまとめていただきますよ。大丈夫です、ちょっと痛いだけですからね」
真白い頰を朱に染めて、淫猥な笑みを男が浮かべる。その顔を見て、彼に『ライエン』と呼ばれた黒衣の男が背筋を凍らせた。
(……何故だろう、貞操の危機をも感じるのだが……気のせい、だよな?あぁ……絶対に気のせいだ!)
ブルブルと頭を横に振るライエンを男が楽しそうに見詰めている。
「私の可愛いニャルラトホテプ……。『コレ』とは私が遊んでおきますから、お前は好きにするといいよ」
終始楽しそうに笑い続ける男が、ボソッと呟く。
「……今何か言ったか?」
「いいえ何も」
信用に値しない不自然な笑顔を浮かべ、男が言った。
「……くそっ。まさか魔王アザトースまで召喚陣から出て来るとか。アイツらは疫病神以外の何者でも無いな!」
自分が呼び込む様な行為に手を出した事は棚に上げて、ライエンが言葉を吐き捨てる。そんな彼に背後から迫り、優しく抱きしめたアザトースは彼の耳元でそっと囁いた。
「使える手駒はもう無いぞ?こうなってはもう、その手を汚し、再び自らのみの力でどうにかせねばならぬなぁ。お前なら……どうするのだ?」と、地を這う様な低い声で問い掛ける。
「——ワ、ワタシは……」
柊也達への憎しみを宿す瞳を歪ませ、ライエンが唇を強く噛む。
そんなライエンの姿を間近で見て、『アザトース』と呼ばれた男は、甘美なる魂を前にした時の様に舌舐めずりをしたのだった。