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相談室の時計の秒針が、一定の音を立てていた。
相談者はそれを何度か見てから、ようやく口を開いた。
「焦ってるわけじゃないんです」
遥は、うなずかない。続きを待つ。
「周りと比べて遅れてる、とか。
そういう感覚でもなくて……」
言葉を探す間、秒針だけが動く。
「自分だけ、時間の中身が抜け落ちてる感じがします」
遥は、視線を上げる。
「中身?」
「一日が終わっても、
“今日、何をしてたんだろう”ってなる。
ちゃんと学校にも行ってるし、
家でも何かしらやってるのに」
相談者は、指先を組み直した。
「気づいたら、
また一週間終わってて。
成長した感じもしないし、
失敗した記憶もない」
「……記録が残らない、みたいな?」
「そうです。
生きてはいるけど、
進んでる手応えがない」
遥は、すぐに慰めない。
「それ、いつ頃から?」
「たぶん……
“頑張らなくなった”頃です」
少し、声が低くなる。
「前は、
目標立てたり、
意味を探したりしてました。
でも、疲れてやめたら」
相談者は言葉を切った。
「楽にはなったけど、
日々が薄くなりました」
遥は静かに言う。
「“薄い”って、悪いこと?」
相談者は戸惑った。
「……悪い、って言われると、
言い切れないです」
「でも、不安?」
「はい。
このまま年だけ重なって、
何者でもないままになる気がして」
遥は机の端に視線を落とす。
「“何者か”になる必要、
誰が決めた?」
相談者は、少し考える。
「……分かりません。
でも、何もないのは怖いです」
「“何もない”って、
結果の話だよな」
遥の声は低く、一定だった。
「今は、
挑戦も、後悔も、
どっちも減らしてる」
相談者は小さくうなずく。
「傷つかない代わりに、
痕跡も残らない」
その言葉に、相談者の肩がわずかに動いた。
「それ、悪い生き方だと思う?」
「……思いたくないです」
「なら、
今は“回復期”って考えてもいい」
相談者が顔を上げる。
「止まってるんじゃなくて、
削れすぎた感覚を、
戻してる途中かもしれない」
「でも、
いつ終わるか分からない」
「分からないな」
遥は否定もしない。
「ただ、
この状態を“ダメだ”って扱い続けると、
余計に時間は空洞になる」
一拍置いて続ける。
「今日が薄かったなら、
“薄かった”って感覚が残ってる分、
完全に消えてはいない」
相談者は、ゆっくり息を吐いた。
「……それだけで、いいんですか」
「少なくとも、
今はそれでいい」
遥は時計を一度だけ見た。
「時間は勝手に進む。
でも、中身を詰める順番は、
人によって違う」
相談者は、さっきより静かな顔で立ち上がった。
秒針の音は、変わらず続いていた。