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五時のチャイムが鳴ったあと、教室に人が減っていく。
誰も何も言わない。けれど、数人は目だけで合図を送り合っていた。
遥は、言葉もなく鞄を持って立ち上がる。
ドアの外へ、無言で。
向かう先を、誰もが知っている。
それが「ルール」だった。
──旧校舎、三階の男子トイレ。
夕日が入り込まない、無機質なタイルと金属の匂い。
いつもより一段、濃く重く感じられたのは、疲労のせいか。
扉を押して入ると、すでに三人が待っていた。
「おっそ。なに? 逃げた?」
「いや、来るの分かってんだよなあ。こいつ、律儀だし」
「じゃ、ちゃんと今日の“分”やろうか」
笑い声と一緒に、背後から押し込まれ、洗面台に叩きつけられる。
腰がぶつかり、鈍い音が響く。
「……っ、いってぇ……」
久しぶりに声が出た。自分でも驚いた。
けれど、加害者たちは、それを待っていたかのように笑う。
「なに? やっと喋った」
「いや、喋れる余裕あったならさ、もっと面白いこと言って?」
「“痛い”とか、もう聞き飽きたんだよ」
上着を掴まれ、引き剥がされる。
制服の裾が濡れた床に引きずられ、袖口に泥がついた。
「じゃ、今日の“ゲーム”な。十秒我慢できたら解放。できなきゃ、追加で一発」
「こいつ、昼もやってんだろ? そろそろ限界かもな」
「──なら壊れろよ。その顔で、もっと面白くなれっての」
鼻先を殴られた。骨は折れていないが、鈍い響きが頭に残る。
こめかみがじんじんと痺れて、足元がふらつく。
けれど──遥は、顔を上げて言った。
「……壊れたら、てめぇら……つまんねぇんだろ」
笑い声が止まる。
「は?」
「オレが……反応しなくなったら……何もできねぇじゃん、おまえら」
「……」
「だから、ずっとやってんだろ? 泣かねぇか、怒るか、って──
それがなきゃ、“意味”ねぇんだろ、こんなの」
唾を吐くように言い切って、遥は立ち上がろうとする。
だが、足がうまく力を入れられず、肩を掴まれ、再び壁に叩きつけられた。
「──じゃ、喋れなくなるまでやるわ」
殴打。蹴り。肘。掌。
鈍い音が、タイルの壁にこだまし続けた。
やがて──
「終わり。あと、コイツ帰り道まだあるんだろ? 顔やりすぎたら校門で引っかかるし」
「次、また明日な。……あ、てか、日下部の指示、これで合ってたっけ?」
「さあ? でも、なんかスマホにまた来てた。チェックしとけよ」
扉が閉まり、遥は一人、床に倒れ込んだ。
制服の袖は裂け、唇が切れて血の味がした。
喉の奥が熱く、吐きそうになりながらも──声は出さなかった。
──終わってない。
“指示”があるなら、まだ続く。
明日も、また。
そして、家に帰れば──
“家の当番”が、待っている。