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夜、自宅へ戻った沙夜は、押し寄せる疲労に何もする気がおきなかった。
帰宅直後は、両親に怪しまれないよう、現実世界と同じように振る舞い、見合いの結果を伝えて安心させる。
沙夜は“司と見合いをした沙夜”を完璧に演じきった。
しかし、自室へ戻った途端、ベッドに倒れ込む。
もう何もしたくない――それほどまでに、梨花と怜央の件は沙夜にとって衝撃だった。
そして、自分の情けなさを改めて思い知る。
司のことだけではない。親しいと思っていた人たちの本質さえ、何ひとつ見えていなかったことに打ちのめされていた。
(現実世界では、私は何も見えていなかった。本当に大事なことは何ひとつ……。情けない……)
そのとき、タクシー運転手の言葉がふたたび脳裏をよぎる。
“表の部分だけで判断しないで”
“隠された部分に注目してみる”
“表立ったいいところばかりじゃなく”
“もっと奥にある「芯」の部分を見つける”
沙夜は、梨花と怜央の“芯”を見てしまった。
それは期待していたようなものではなく、二人の腹黒い本性が露わになっただけだった。
(私には人間の本質が全然見えていなかった。だから罰が当たったんだわ)
きっと学び直しなさい――神様はそう思って試練を与えたのだろう。
そんなふうに思えた。
(これからどうすればいいの? 頼れる人も、信じられる人もいないこの世界で、私はどうやって……)
そのとき、沙夜の脳裏に、お見合いの場で司がもう一人の沙夜に向けていた柔らかな笑みがふっと浮かんだ。
あの笑顔は――どう考えても作り物には見えなかった。
そこには、司という人物の“芯”が滲んでいたように思える。
(あの笑顔は……本物? 本物なの?)
確信が持てず、沙夜は思わず両手で顔を覆った。
そして、ハッと気づく。
(そうよ。司さんには私の姿が見えない……。つまり、彼の様子を探っても気づかれないってことよね? だったら、彼のあとをつけて、彼がほかに想いを寄せる人がいるかどうか、確かめればいいのかも)
そう考えた沙夜は、現実世界でのこの頃の司のスケジュールを必死に思い返した。
彼が日本に滞在している日こそが、行動できる唯一のチャンスだ。
沙夜は、司の仕事帰りを追う計画を立てた。
彼の行動を見れば、本当に想いを寄せる相手がいるのかどうか――
そして、司という人間の本質が少しでも見えてくるのではないか。
そう思ったのだ。
翌日から、沙夜は仕事が早く終わった日には司の会社の前で彼を待ち、あとを追うつもりでいた。
しかし、しばらくの間は沙夜自身の帰りも遅く、司も出張続きで日本にいない日が多かったため、計画はなかなか実行できなかった。
そうしている間に、沙夜と司の結婚が決まった。
本来なら一か月半後に妊娠に気づくはずだったが、現実世界から来た沙夜にはその兆しがない。
身軽に動けるのは助かるが、複雑な気持ちだった。
ようやく司を追える日が訪れたのは、現実世界で沙夜が妊娠を司に伝えてから二週間ほど経ったころだった。
司はちょうど海外出張から戻ったばかりだ。
この日、沙夜は司の会社の出口が見えるカフェの窓際に座り、彼が姿を現すのを静かに待っていた。
しばらくして、司が会社から姿を現した。
(来た!)
沙夜はカップを返却口に戻すと、急いでカフェを飛び出した。
司は今日、自分の車では来ていないようで、珍しくタクシーを拾っている。
そのタクシーが動き出す前に、沙夜も慌てて別のタクシーに乗り込み、前を走る司の車を追ってもらった。
しばらく走ると、司は銀座の繁華街でタクシーを降りた。
沙夜の乗った車は少し離れた場所に停まり、彼女もそっと車を降りる。
司は軽快な足取りで、有名ブランドショップが立ち並ぶ通りへ向かっていった。
沙夜もその背中を見失わないよう、急いで後を追った。
(買い物? それとも、本命の女性とデート……?)
胸の奥のざわつきを必死に抑えながら、沙夜は司を見失わないよう慎重に距離を保った。
しばらく歩くと、司がふと足を止め、ショーウィンドーを覗き込む。
その店を見た瞬間、沙夜は思わず小さく声を漏らした。
「あっ……」
それは、司から贈られた婚約指輪のブランド店だった。
見合いの日、沙夜はこの店のネックレスをつけていた。
初ボーナスで買った、大切なネックレスだ。
司は偶然このブランドを選んだのだと、沙夜はずっと思い込んでいた。
だが、司は見合いの日に沙夜のネックレスのブランドをきちんと見ていて、あえてこの店の指輪を選んでくれたのだろう。
今なら、素直にそう思える。
(それなのに、偶然だと思い込んでいたなんて。私って、なんてバカなの……)
自分の愚かさをまた思い知らされ、沙夜の胸は重く沈んだ。
しばらくすると、司が小さなショップバックを手に店から出てきた。
あの日、沙夜が受け取ったものと同じ袋――その事実に胸がじんと熱くなる。
用事を済ませた司は、そのまま帰るつもりだったのだろう。
しかし次の瞬間、ふと別のショーウィンドーに視線を留めた。
(何の店?)
沙夜がそっと視線を向けると、その店は子供服のセレクトショップだった。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと疼く。
司はしばらく愛らしい子供服を眺め、店に入るべきか迷っているようだった。
だが、意を決したようにドアを押し開け、そのまま中へ入っていった。
(え? まだ生まれてないのに……?)
二週間前に妊娠を告げたばかりだというのに、司はこの日、子供服の店に入ったのだ。
信じられない思いのまま、沙夜は固唾をのんで見守る。
十五分後、司はショップバッグを手に、少し照れたような表情で店から出てきた。
どうやら何かを買ったらしい。
出産前に子供に関するものを何かもらった記憶は、沙夜にはない。
だからこそ、司が何を買ったのか気になって仕方がなかった。
そして――司がこんなにも沙夜の妊娠を喜んでいたことを、沙夜は知らなかった。
(彼は……子供の誕生を、心から待ち望んでいてくれたんだ……)
静かな衝撃が胸の内に広がり、沙夜は街路樹の陰に身を寄せ、ひっそりと涙を流し続けた。
コメント
29件
職場のあの二人🐆🐆の醜い部分を知り、沙夜ちゃんはきっとショックを受けていると思うけれど…😢 でも同時に夫 司さんの、妻沙夜ちゃんと生まれてくる我が子に対しての純粋な気持ちを知ることができて良かったですね!🍀✨️ さあ!後は何とかして夫と子供の元に戻ることを考えようね‼️😊👍
マリコ先生…小説の世界なのに 引き込まれるソラです🥹 司さんの本当の「芯」の姿が見えて沙夜ちゃんも自分の気持ちにも気付いて でも…現実の世界で見えていなかった 司さんの行動がタイムリープして 本当の姿が見えて…沙夜ちゃんあまり 自分を悲しまないで😢きっとまたやり直せる…私も皆さんと同じで信じてます😊神様は乗り越えられる「試練」しか与えませんよね😉👍💕 マリコ先生❣️(。•̀ᴗ- )✨
本当の姿を見る事ができましたね 早く元の世界に戻って欲しい🙏