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放課後の相談室は、夕暮れの光で橙色に染まっていた。 扉を開けて入ってきたのは二年生の女子。細身の体を小さく丸めるようにして、椅子に腰を下ろした。
「……あの、私」
声は小さく、かすれていた。
「自分のことが、好きになれないんです」
日下部は、黙ってうなずく。
女子は机の端を握りしめ、言葉を続けた。
「友達と比べると、私には何もないなって。勉強も中途半端だし、部活でも目立てない。……かわいいわけでもないし。いてもいなくても、変わらない気がして」
言いながら、視線は下へ落ちていく。
日下部はしばらく沈黙した。やがて、不器用に言葉を探すように口を開く。
「……“自分が嫌い”って思うのはな。実は“自分をちゃんと見てる”ってことでもある」
「え……?」
「何も感じなきゃ、自分のダメなとこなんて気にならねぇ。お前は見えてるから、苦しいんだ」
女子は目を瞬かせた。
日下部は続ける。
「俺だって、自分を好きだなんて思ったことはあんまりねぇよ。けどな……それでもこうして生きてる。たとえ“好き”じゃなくても、“ちゃんといる”ってだけで意味はあるんだよ」
女子の眉が揺れる。
「でも……周りに比べたら、私なんて」
「比べなくていい」
日下部の声は、少し強かった。
「人と比べるのは簡単だ。でも結局、“自分の道”は他の誰とも同じにはならねぇ。比べて見えなくなるくらいなら、無理に比べなくていい」
相談室の空気が、ゆっくりと落ち着いていく。
女子はかすかに笑った。
「……そんなふうに思ったことなかったです」
「まぁ、すぐにそう思えるわけじゃねぇよ。嫌いなままでも、生きてていい。嫌いな自分を引きずったままでも、前に進んでいいんだ」
女子は少しだけ顔を上げた。
「……ここに来てよかったです」
「また嫌になったら、来ればいい」
日下部のぶっきらぼうな言葉に、女子の肩の力がわずかに抜けた。
ドアが閉まる。
一人残された日下部は天井を見上げて、小さくつぶやいた。
「……俺だって、まだ自分を好きになれてねぇけどな」
それでも、その声は少しだけ温かかった。