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教室の扉を開けると、空気がいつもと違った。
笑い声はあるが、俺には一切届かない。
机の列はきれいに並んでいるはずなのに、俺の席だけ空間がある。
誰も声をかけず、誰も目を合わせない。
最初は気のせいかと思った。
だが、隣の席を見ると、友達同士で小さく指を指して笑う姿が目に入った。
視線が一瞬だけこちらに来たと思うと、すぐに逸らされる。
まるで俺という存在が、そこにはないかのようだった。
「お、来たか、奴隷席」
岸田の低い声が背後から刺さる。
振り向くと、クラスの半分近くがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
隣の男子は机の角を叩きながら、「早く座れよ、臭い席だな」と声をかける。
笑い声が教室中に広がる。
俺は何も言えず、言葉が喉で絡まったまま、そっと席に腰を下ろした。
朝のホームルームでも状況は変わらなかった。
担任が話している間も、俺だけ資料を配る役を押し付けられ、ほかの生徒は話に夢中だ。
手元の紙をまとめていると、後ろから消しゴムが投げられ、肩に当たる。
「あ、ごめん、当たったな」
男子が言ったが、笑いながら同時に誰も助けてくれない。
教室内の空気が、俺だけを無視するために動いているみたいだった。
休み時間になると、集団が机を囲み、互いにスマホを見せ合う。
そこには俺の写真や動画が映っていることがある。
昨日の暴力的ないじめの様子か、顔を赤らめて涙をこらえた瞬間か。
笑いながら誰かが、「見ろよ、あいつまたビビってる」と囁く声が聞こえた。
声をかけようとしても、誰も目を合わせず、距離を置いて壁の影に寄っている。
まるで俺は、そこにいてはいけないもののようだった。
昼休み、教室を出て廊下に出ると、同学年の男子数人が遠くから手を振るふりをして、俺に背を向けて笑い転げている。
女子たちは休み時間の談笑に夢中で、誰も話しかけてこない。
挙げ句の果てに、帰り際には意図的に机の角に足をぶつけ、俺のカバンを落として笑う。
拾おうと手を伸ばすと、また誰かが押してよろめかせる。
痛みと屈辱が重なり、息が詰まる。
昼食時、教室内では一段と孤立が際立った。
みんなは楽しそうに弁当を広げ、談笑している。
俺の前には空の机。
食べ物を広げることもできず、立ち尽くしていると、岸田が席まで来て椅子を蹴りながら、吐き捨てる。
「お前、ここに座る資格あるのか?」
笑い声がまた波紋のように広がる。
隣の女子も、机を軽く叩きながら「どいてくれない?」と嫌味を混ぜて言う。
午後の授業も同じだった。
誰も手を貸さず、俺だけが資料を配る係を延々と押し付けられる。
手が震え、肩に汗がにじむ。
ちらりと周りを見ると、誰も気にかけない。
視線は常に俺の存在を避ける。
孤独というよりも、存在そのものを消されたような感覚に陥る。
帰りのホームルームで岸田が最後に言った。
「お前、いくら必死に頑張っても、結局一人だな」
その言葉が、教室の全員からの無言の合図のように重なり、俺は胸の奥が締めつけられる。
声を出したいのに、声が出ない。
ただ、うつむきながら自分の存在が薄く、透明になっていく感覚だけが残った。
教室を出るとき、誰も振り返らない。
誰も目を合わせない。
廊下の端から、岸田とその仲間たちが笑って手を振る。
俺はその光景を背に、ただ静かに歩いた。
足取りは重く、息も荒い。
けれど、かすかに胸の奥で、自分の存在を証明したいという小さな声が残っている。
それは声にならず、目にも見えないけれど、俺の中で、誰にも侵されない一片だった。