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夜の街灯が濡れた路地を淡く照らしている。
陸は背中を丸め、肩で息をついた。
「……やっぱ、やめとけばよかった……」
拳を振り上げた相手が、ふいに身を引いた瞬間、膝がガクガクと震える。
不良仲間との小さなトラブルだったはずが、気づけば腕を掴まれ、追い詰められていた。
「……くそっ……!」
陸は冷や汗をかきながら、逃げる方向を探す。
そのとき、背後から声がした。
「陸、そこから離れろ!」
低く、でも確信のある声。振り返ると、雨で濡れた制服の湊が立っていた。
「……湊……!」
陸は思わず声を漏らす。
湊は一歩踏み出す。
「俺がいるから、大丈夫だ」
腕を広げるでもなく、ただ前に立つだけで、相手は一瞬たじろぐ。
陸の胸は高鳴り、恐怖と安心が入り混じる。
「何で……?」
陸は驚きと共に、小さく震えながら呟いた。
「……お前を放っておけるわけないだろ」
湊の声は低く、しかし真剣だった。
雨の匂いが、二人の周囲に濃く漂う。
路地の壁に反響する足音と怒声が、陸の心臓をさらに速く打たせる。
「……でも、俺……ごめん、迷惑かけて……」
言葉は途切れ途切れだ。胸が苦しい。
湊は静かに首を振る。
「迷惑なんかじゃない。お前が無事でいれば、それでいい」
短い言葉の裏に、長く積もった感情が滲む。
陸は一瞬、湊の顔を見つめる。
濡れた髪と濡れた制服、雨に光る瞳。
「……ありがとう……湊……」
声は小さいけれど、胸の奥に染み渡る。
トラブルは数分で収束し、相手は立ち去った。
路地には雨の音だけが残る。
陸は膝に手を置き、息を整えながら、湊の横に座った。
「……本当に……助かった」
湊は何も言わず、ただ隣に腰を下ろす。肩が触れ合う距離感が、妙に落ち着く。
「……でも、なんで俺ばっかりトラブルに巻き込まれるんだろうな」
陸は笑おうとしても笑えず、俯いたまま呟く。
「……俺も一緒にいるから、次は一人じゃない」
湊の言葉は力強く、でも優しく、陸の心を少しずつほぐしていく。
雨はまだ止まない。濡れた路地の冷たさも、今は二人を隔てるものではなく、心の距離をそっと近づける存在だった。
「……湊、俺……」
陸は言葉を探すが、胸の奥の感情はまだ言語に変換できない。
それでも、この瞬間、二人の間に生まれた信頼と距離感は、確かに変わったのだった。