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「はーい、今夜も“弟くん”元気です〜! カメラさん、そっち寄って〜。……おっけ、照明オッケー!」
ざらついた笑い声が、スマホ越しに広がる。
アパートの一室。机の上に押し付けられた頬と、そこからじわじわと滲む汗。悠翔の顔は赤く、肩は強張り、まるで凍えた獣のように震えていた。
「いいねえ、その目。お前さ、撮られてるときだけ“人間”になるな」
蒼翔の声だ。指が悠翔の顎を無理やり持ち上げ、顔をカメラの正面に向ける。配信中のスマホには、ハートと笑顔のスタンプが流れている。
「ほら、言って。……“いかせて”って」
「……や、だ……言わな……」
「は? もう切り抜かれてんだよ、先週の。言ったろ? お前の“いかせて”、もう五千再生。タグついてた。“弟くん喘ぎまとめ”。人気者だな〜」
スマホのコメント欄がざわつく。
「また泣いてるw」
「こいつマジでビビってんな」
悠翔は唇を噛み、唾を飲み込んだ。首筋がひくつき、吐き気を抑えている。
「皆、見てるんだよ? この前、ゼミの女、言ってたぞ。“本物だったんだね〜、あの子”って。……嬉しいだろ?」
後ろで陽翔が笑う。悠翔の背に足を載せたまま、軽く踏みつける。
「うちの弟、ほんと健気でさ。泣いても、叫んでも、逃げないんだよ。だって、これが“日常”だもんな?」
無数の目が、ガラス越しに突き刺さる。
ゼミのグループ、同じ講義の奴ら、講師かもしれない匿名。もしかしたら、あの時のバイト先の店長も――
「なあ、何がいちばん恥ずかしい? “配信されること”? “見られること”? それとも、“言わされた言葉”が一人歩きしてること?」
「……ぜんぶ、きもちわるい……っ……っ……」
ようやく出た言葉は、ほとんど声にならなかった。
床に伏したまま、悠翔は汗で濡れた頬を隠すように手で覆う。
「おい、弟。隠すなよ。お前の“気持ち悪さ”が、みんな大好きなんだから」
「っ……やめ、て……やめて、よ……たの、むから……」
「頼むの、遅いよ。“撮られた後”に頼んでもさ、もう止まんない。だって、もう“始まってる”んだもん」
誰かが部屋の照明を暗くする。
コメント欄には、“音だけでも助かる”の文字が流れた。
「今日も、いい素材が撮れそうだな。……お前の“いかせて”、今夜はどんな声かな」
悠翔の目から、静かに涙が零れた。
それは誰にも止められず、スマホのレンズに向かって、無言でこぼれ落ちていった。