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放課後の相談室は、まだ部活の声が廊下に残っていた。
遠くで笑い声がして、近くでは何も起きていない。
ドアが開いて、相談者が入ってくる。
制服のまま、カバンを抱えたまま。
「……いい?」
「どうぞ」
椅子に座るなり、相談者は天井を見た。
「変な相談なんだけどさ」
「変じゃないやつ、あんま来ない」
「……だよね」
少し間が空く。
「最近、好きなものがあっても、誰にも言えなくなった」
「ほう」
「前は普通に話してたのに」
「何が変わった」
「笑われた」
「一回?」
「何回か」
蓮司は「なるほど」とだけ言う。
「アニメとか音楽とか」
「あるあるだな」
「“それまだ好きなの?”って言われてさ」
「年齢マウント」
「そう」
相談者は笑うけど、目は笑ってない。
「別に、否定されたわけじゃないんだよ」
「でも?」
「空気が変わった」
蓮司は頷いた。
「中学生あるあるの、静かなやつだ」
「それ以来さ」
「うん」
「好きって言う前に考えるようになった」
「考える?」
「これ言って大丈夫か、とか。
ダサくないか、とか。
浮かないか、とか。
嫌われないか、とか」
蓮司はペンを回す。
「安全確認が増えたな」
「……そう」
「誰にも説明しなくていいか。
責められないか。
自分で自分を否定しないか」
相談者は驚いた顔をする。
「それ」
「当たってる?」
「めちゃくちゃ」
少し笑って、でもすぐ真顔に戻る。
「でさ」
「うん」
「気づいたら、何が好きだったか分かんなくなってた」
「来たな」
「前は楽しかったのに」
「今は?」
「“これ好きって言っていいやつ?”って考えてる」
蓮司は椅子にもたれる。
「好きが、検閲通ってないと出せなくなった」
「……」
「それ、疲れるだろ」
「疲れる。 でも、やめられない」
「やめたら?」
「また笑われるかも」
沈黙が落ちる。
廊下の声が少し遠くなる。
「なあ」
蓮司が言う。
「好きなものって、誰の許可制だ?」
「……分かんない」
「誰かにOKもらってから?」
「……違う」
「だよな」
蓮司は軽く肩をすくめる。
「でも今は」
「はい」
「“自分で自分に許可出せてない”状態だ」
相談者は唇を噛む。
「好きって言えなくなった時点で」
「はい」
「もう一回、好きは傷ついてる」
「……」
「だから慎重になるのは普通」
「弱いからじゃない?」
「違う」
即答だった。
「ちゃんと大事だったからだ」
相談者の目が揺れる。
「でもさ」
「うん」
「このままだと」
「うん」
「何も言えなくなる」
「……」
「好きも、嫌いも、どうでもいいになる」
相談者は小さく頷いた。
「じゃあ、どうすればいい」
蓮司は少し考える。
「全部言わなくていい」
「……」
「全員に見せなくていい」
「……」
「でも」
「でも?」
「一個だけ、残せ」
「何を」
「“誰にも見せない好き”」
相談者は首をかしげる。
「誰にも?」
「誰にも」
「意味ある?」
「ある」
「それがな」
「はい」
「自分が消えないための、最後の杭だ」
相談者は黙る。
「いつか」
蓮司は続ける。
「余裕ができたら」
「うん」
「一人にだけ、出してみろ」
「……怖い」
「怖いままでいい」
「……」
「好きはな」
「はい」
「守りながら育てるもんだ」
相談者は立ち上がる。
「今日、好きなもの言わなくてよかった?」
「よかった」
「それでいい」
ドアの前で、相談者が振り返る。
「……まだ、好きなものある気がする」
「気がするで十分」
ドアが閉まる。
廊下の声が、また少し近づいた。