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最初は、ただの通知だった。


休み時間、誰かのスマホが震え、短く笑う声が上がる。

それが連鎖するように、教室のあちこちで同じ反応が起きた。


(……何)


遥の机の近くでも、画面を伏せたまま肩を揺らす奴がいる。


「懐かし」

「これ、去年のだろ」


名前は出ない。

でも、話題の中心が誰なのかは、すぐに分かった。


(……嫌な、感じ)


視線が、少しずつ集まってくる。

直接じゃない。

“見た後”の目だ。


「音だけなのが逆にキツいな」


その一言で、喉がひくりと鳴った。


(……音?)


スマホの画面が、わざと机の端に置かれる。

再生される直前で止められているのに、

そこにあると分かるだけで、体が硬くなる。


(……思い出すな)


過去のこと。

逃げられなかった時間。

声を抑えきれなかった自分。


「編集上手くね?」

「謝ってるとこだけ切り出してんの、センスある」


謝罪。

泣き声。

嗚咽。

それが、断片として“素材”にされている。


(……俺の声だ )


そう断定するまで、数秒かかった。

でも、一度そう思ったら、否定できなくなる。


「やめて」「ごめんなさい」「もうしません」


その繰り返しが、

別の文脈に貼り付けられている。


(……違う)


あれは、あの場で生き延びるための言葉だった。

でも、今は違う。


“面白がるための音”になっている。


「写真もあるよ」


今度は、静止画。


泥で汚れた制服。

床にうずくまる背中。

顔は、はっきり映っていない。


(……でも、分かる)


知っている人間には、十分すぎる。


「これさ、別に新しく撮ったわけじゃないんだよな」

「昔のやつ」

「だからセーフじゃね?」


“セーフ”という言葉が、妙に軽い。


(……そうだ)


今さら止める理由が、誰にもない。


教室の端で、蓮司が誰かと話している。

画面は見ていない。

音も聞いていない。


(……見てない、ふり)


それが一番、正確だった。


「これ、どこまで回ってる?」

「学年、ほぼ全部じゃね?」

「先生に行くやつ、いないだろ」


(……行けない)


行った瞬間、

“自分で拡散を証明する”ことになる。


胸の奥が、冷たくなる。


(……俺が悪い)


あのとき、声を出した。

泣いた。

謝った。


(だから、残った)


そんな理屈が、自然に浮かぶ。


昼休みが終わる。

チャイムが鳴る。

でも、空気は戻らない。


遥の周囲だけ、

薄く、ねっとりとしたものが残る。


「なあ」


後ろから、低い声。


「これ、消してほしい?」


振り向けない。


「でもさ、消しても“あった”って事実は消えないよな」


(……分かってる)


消えない。

忘れられない。

だから、これは“完成”だ。


誰も殴らなくてもいい。

誰も触らなくてもいい。


(……これで、十分)


遥は、ノートを開く。

文字が、目に入らない。


心の奥で、何かが削れる感覚がした。

壊れきってはいない。

でも、確実に一段、下げられた。


――それが、この拡散の目的だった。

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