テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
114
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
デシアが町を発つ前の夜、サベリオは一枚の紙きれを受け取った。
そこには短く、橋で、とだけ書いてある。字を見ただけで誰からか分かるくせに、サベリオは妙に落ち着かず、約束の時間より少し早く星降る橋へ向かった。
雨は降っていない。けれど昼のあいだにこぼれた水気がまだ木の欄干へ残り、夜風に冷たく光っていた。
橋の真ん中あたりで、デシアが欄干にもたれずに立っている。前は危なっかしく見えて仕方なかった場所なのに、今夜の彼女はちゃんとここに立つための重心を持っていた。
「早い」
デシアが言う。
「呼んだほうも早い」
二人で笑う。
橋の下の川は穏やかだった。満月の時の荒さが嘘みたいに、夜の水が静かに流れていく。
しばらく黙って並んでから、デシアが口を開いた。
「この橋で、前はちゃんと話せなかったよね」
サベリオはうなずく。
見送った夜もあった。誤解した夜もあった。助けようとして届かなかった夜も、何度もあった。けれど今、同じ場所に立っているのに、胸にあるのは恐怖より静かなあたたかさだった。
デシアは橋の向こうを見たまま言う。
「行ってくる」
「うん」
「でも、戻ってくるね」
その言い方が自然すぎて、サベリオは少し笑ってしまう。
「決定事項なんだ」
「うん。だって録りたい音、まだいっぱいあるし」
それから、彼女はようやくこちらを向いた。
「待ってて、とは言わない」
サベリオは目を細める。
「待つだけじゃなくて、ここをもっと良くしておく」
言葉はすぐに出た。何度も胸の中で整えていたわけではないのに、驚くほどまっすぐに出た。
デシアは一瞬だけ息をのみ、それから笑う。
「それ、ずるい」
「どこが」
「ちゃんと嬉しいやつだから」
橋の上を風が抜ける。
もうこの場所は、死に別れる境目ではなかった。別々の場所へ向かっても、また会う約束を置いていける場所だ。
デシアは録音機を持ち上げ、二人の靴音を短く録った。
「次に戻ってきた時、今日の続きから話せるように」
サベリオはうなずく。
星降る橋の上で、今度は誰も落ちない。ただ、未来へ続く約束だけが、静かに置かれていった。