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遥の相談室2

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遥の相談室2

59 - 第59話 被害者でいることを、責められる世界

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2025年12月05日

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相談者は、椅子に腰を下ろしてからもしばらく口を開かなかった。

拳を握ったまま、ほどくタイミングを失っているようだった。


「……一番怖いのはさ」


やっと絞り出された声は、低く掠れていた。


「“被害者ぶるな”って言われることなんだ」


遥は表情を変えず、その言葉を受け取った。


「実際に何か言われたわけじゃない。でも、そう思われてる気がして」


相談者は視線を落とす。


「ちょっと元気ない顔したら、“まだ引きずってるの?”って空気になるし。何も言わなくても、“被害者ポジションに甘えてる”って思われそうで」


喉が動く。


「だから、なるべく普通でいようとする。弱ってないふりをする。でも、そうすると今度は——」


言葉が詰まる。


「“じゃあもう大丈夫だよね”って扱いになる」


堂々巡りだった。


遥は、少し間を置いてから言った。


「被害に遭った側は、二重に沈黙を強いられる」


相談者が顔を上げる。


「一度は、力で黙らされる。もう一度は、“空気”で黙らされる」


遥の声は低い。


「苦しみ続けると、“しつこい”。立ち直ったふりをすると、“もう平気”扱い。どこにも正解がない」


相談者は、苦笑いにもならない表情で息を吐いた。


「被害者って言葉、嫌いなんだ」


呟くように言う。


「なんか……弱いタグみたいでさ。貼られた瞬間、全部それで決まる感じがする」


遥は静かに言った。


「“被害者っぽい”って言葉が怖いのは、弱さそのものじゃなくて、“決めつけ”が怖いからだ」


相談者の指先が、わずかに動いた。


「苦しんでる理由も、経緯も、全部省略されて。“ああ、そういう人ね”で終わらせられる」


遥は続ける。


「だから、“被害者でいるな”って圧が生まれる。でもそれは、回復を促してるんじゃない。“都合よくなれ”って言ってるだけだ」


部屋に静かな沈黙が落ちる。


「俺さ」


相談者は小さく言った。


「何も言わずに、忘れたふりして、生きられるなら楽だと思う。でも——」


唇を噛む。


「忘れてない自分を、裏切る気がして」


遥は、ゆっくり頷いた。


「忘れられないのは、弱さじゃない」


相談者の眉が僅かに動く。


「自分の経験を、“なかったことにしない”って選択だ」


その言葉に、相談者は息を止めた。


「被害者でいることを、恥だと思わなくていい」


遥の声は淡々としていたが、芯があった。


「恥なのは、傷を与えたことだ。傷を負ったことじゃない」


相談者は、目を伏せたまま、しばらく動かなかった。


「……でもさ」


震えた声が漏れる。


「被害者っぽいって見られるの、ほんとに怖い。距離置かれるし、扱いづらそうにされる」


「それは事実だ」


遥は否定しない。


「この世界は、傷ついた人にまで“機嫌よく立ち直れ”を求める」


相談者は肩を強ばらせた。


「じゃあ、どうすればいい」


遥は、言葉を選ぶように間を置いた。


「被害者かどうかを、他人に決めさせるな」


相談者が、ゆっくり顔を上げる。


「回復のペースも、出した表情も、選択も——自分のものだ。説明できなくてもいい。理解されなくてもいい」


遥は、静かに続けた。


「“被害者っぽい”って言葉が浮かんだ瞬間、自分に言え。“俺は俺の時間を生きてる”って」


相談者は、深く息を吸って、吐いた。


「……それでも、怖い」


「怖くて当然だ」


遥は短く言う。


「恐怖があるままでも、生きていい。堂々とする必要はない。縮こまってても、黙ってても、被害は消えないし、価値も減らない」


相談者の肩から、少し力が抜けた。


「被害者って言葉を嫌ってる自分も、たぶん……」


「生き延びた側だ」


遥はそう締めた。


世界は相変わらず、回復を急かし、沈黙を美徳にする。

それでも、この部屋では、“被害者でいることの怖さ”そのものが、否定されなかった。


相談者は立ち上がる前に、小さく頷いた。

今日ここで得たものは、答えじゃない。

ただ、“間違っていない”という感覚だけだった。


それで十分な日も、確かにある。

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