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春風の約束

2 - 第2話 ぎこちない再会

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2025年09月28日

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翌朝。

転入手続きのため、湊は母校でもある市立高校の昇降口をくぐった。

廊下にはワックスの甘い匂い。朝のざわめきは、どこか懐かしく、けれど心は妙に落ち着かない。


職員室で担任への挨拶を済ませ、案内されたのは三年二組。

ドアを開けると、一斉に向けられる視線に息が詰まる。


――その中に、ひときわ目を引く背中があった。


机に片肘をつき、窓の外を見ている。

乱れた制服。亜麻色に染めた髪。

振り返ったその顔に、湊の時間が止まった。


「……陸」


小さく漏れた声に、本人は気づいたのかどうか。

陸はほんの一瞬、目を細めた。

その視線が鋭く胸を刺す。

懐かしさよりも、まず浮かんだのは戸惑いだった。


「えー、今日から転入してきた真白湊くんだ。仲良くしろよ」


担任の紹介が教室に響く。

拍手の中、陸だけが手を動かさない。

湊は無意識に目を逸らした。


――昔は、笑えばえくぼができて、よく一緒にくだらない話をしたのに。


空席に腰を下ろしても、鼓動の速さは収まらなかった。

ちらりと横を見ると、陸が不意にこちらへ視線を送ってきた。

昔と同じ茶色の瞳――でも、奥にあるものが違う。

湊は思わず息をのむ。


休み時間、机の周りに数人のクラスメイトが集まる。


「どこから来たの?」


「東京? いいなあ」


軽い質問に答えながらも、湊の意識はずっと隣にあった。


やがて陸が立ち上がる。

その動きに、周囲の空気がわずかに変わる。

仲間らしき男子が「コンビニ行こーぜ」と声をかけるが、陸は軽く首を振り、湊の机に近づいた。


「……真白、だよな」


低く落ち着いた声。

湊は思わず背筋を伸ばす。


「ひさしぶり、陸」


返した言葉は、自分でも驚くほど震えていた。

陸は短く息を吐き、目を細める。


「……都会の匂い、するな」


それだけ言って、肩をすくめると踵を返した。

廊下の光の中に、その背中がゆっくりと溶けていく。


――何を話せばいい。

胸の奥に、幼いころの思い出が次々と浮かぶ。

夏祭りで一緒に食べたかき氷。川沿いで見た花火。

けれど、その記憶の一枚一枚の上に、現在の彼の輪郭が重なり、霞んでいく。


放課後。

昇降口で靴を履き替えながら、湊は窓越しに校庭を見た。

夕焼けに染まるグラウンドの端、陸が一人でバイクを押して歩いている。

その横顔は、かつての笑顔を閉ざしたまま。


「……また、話せるのかな」


独り言が夕方の空に消える。

過去と現在の落差は、想像していたよりも深く、痛かった。

それでも湊の胸の奥で、かすかな希望だけが、静かに息づいていた。

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