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放課後の教室。いつもより明るい顔をした男子が、相談室のドアを開けた。
「……また来たんですけど」
「常連かよ」
日下部は苦笑して、手元のノートを閉じる。
男子は椅子に腰かけるなり、勢いよく言った。
「俺、自分にできることを見つけたいんです!」
「急にどうした」
「いや、毎日なんとなく過ごしてるの、つまんなくて。勉強も部活も“普通”で……なんか、“これが俺だ!”ってものが欲しいんですよ」
その必死さに、日下部は少しだけ口元を緩めた。
「見つけようとしてんのは、悪くねぇな」
「でも……なにからやればいいか、わかんなくて」
日下部はしばらく黙り、窓の外を見た。夕焼けに照らされた校庭では、サッカー部がボールを蹴っている。
「……なあ、“これが俺だ”ってのは、最初から用意されてるわけじゃねぇだろ」
「え?」
「なんでもいいからやってみて、続いたやつが“おまえのもの”になるんだよ。逆に言えば、やってみなきゃ一生見つからねぇ」
男子は目を瞬かせて、少し笑った。
「……なんか、シンプルですね」
「だろ。シンプルなのが一番めんどくさいんだよ」
二人の間に、少しだけ風が通り抜ける。
男子は立ち上がり、かばんを背負い直して言った。
「じゃあ、とりあえず……なんかやってみます!」
「おう。失敗したらまたここ来い」
教室のドアが閉まる音がして、残された日下部はふっと息を吐いた。
「……言うだけなら簡単だよな」
それでも口元には、少しだけ柔らかな笑みが浮かんでいた。