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夜。風もない、音もない、息すらできない静けさ。
遥はリビングの片隅で丸くなっていた。
部屋に戻ることすら許されない空気があった。
いや──誰がそう言ったわけでもない。
ただ、自分の中で“そう感じてしまっている”だけ。
ソファにもたれかかるようにして目を閉じていた、そのときだった。
「なに、ここで死んでんの」
声。
低く、乾いていて、どこか楽しそうだった。
ゆっくりと顔を上げる。
ドアのほうから、颯馬が歩いてくる。
制服のまま、ネクタイを緩めた状態で。
「部屋戻れないの? あ、てか──もうあそこ、おまえの部屋じゃねぇのか」
遥は何も返さない。
「ねえ、なんかさ──“ちょっと良い夢でも見てきた”って顔してんな、おまえ」
颯馬の足音が近づく。
ソファの前で立ち止まったかと思えば、突然──
「おい、起きろって」
──ドスッ
腹に、躊躇なく蹴りが入った。
「ッ……ぐ……っ」
体が半分折れるように沈む。
呼吸がうまくできない。
それでも、声は出せなかった。
「どこ行ってたか知らねぇけどさ、帰ってきたらちゃんと“前のとこ”に戻れよな」
颯馬がしゃがみこみ、遥の髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜる。
「せっかく“壊しかけてたのに”……もったいねぇだろ?」
目を合わせた。
その瞳には、怒りも、苛立ちもない。
ただ、「壊しがいのあるもの」を確認している目だった。
「前より“顔”良くなってね?」
喉元に指が触れる。
軽く押すだけで、遥はまた沈みそうになる。
「──黙ってるのもいいけどさ、無反応すぎると“壊れがい”ないんだよ」
──バチンッ。
頬を平手で張られる。
乾いた音が、誰もいない部屋に響いた。
「ねえ、どこ行ってたんだよ?」
とっくに答えなんて求めていない。
ただ、「言わせる」という遊びをしているだけ。
「答えろよ、クズ」
再びの蹴り。
今度は肋骨にめり込むように。
遥はようやく、口を開いた。
「……っ……知らねぇだろ……おまえら、誰も」
「は?」
「なにも、知らねぇくせに……」
それがどういう意味なのか、颯馬は知らない。
だけど、それを“挑発”としか捉えなかった。
──次の一撃は、迷いがなかった。
肘で、喉を軽く押さえながら、膝を容赦なく下腹部に打ち込んだ。
「言い訳してんの? 言い訳、覚えたんだ」
声が笑っていた。
だが、目は、笑っていなかった。
「“何もされなかった場所”なんて、もうないから。な? そういうの、夢だから」
遥は、黙って耐えた。
──「耐える」しか選べなかった。
だって、「何もされなかった」時間を、二度と信じられないと、知ってしまったから。