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夜の空気が乾いていた。遥は駅前の薄暗い通りを歩きながら、スマホの画面を無意味にスクロールする。
指先が汗ばむ。通知はない。
背後からゆるい声が落ちてきた。
「……また危ないとこにいるな、おまえ」
振り向くと、蓮司が街灯の影に立っていた。
相変わらずの笑み。目だけが退屈そうに光る。
「ストーカー?」
遥は鼻で笑う。
「別に誰といてもいいだろ」
「そう。誰でもいいんだ」
蓮司はゆっくり近づき、歩調を合わせてくる。
「で、今日は何人目?」
遥は答えない。足音だけがアスファルトを打つ。
「おまえさ」
蓮司はポケットに手を入れたまま、面倒くさそうに言う。
「自分を捨てるの、うまくなったよな。見てて飽きない」
遥の唇がわずかに震えた。
「……見てて楽しい?」
「楽しいっていうか、芸術?」
蓮司は首をかしげ、笑う。
「どこまで壊れるか、ちょっと興味あるだけ」
遥は笑い返す。
「壊れたって、誰も困らないだろ」
「日下部は?」
唐突にその名が出た。
蓮司の声は軽いが、目だけが試すように細められる。
遥は言葉を失った。
夜風が頬を撫でる。
「……あいつは、関係ない」
「そうやって切り離して、全部自分だけのせいにする。
おまえ、ほんと器用だよ」
蓮司は楽しげに笑った。
「で、次は誰と遊ぶつもり?」
沈黙。
遥はスマホを握りしめ、画面を黒く落とした。
遥はスマホをポケットに押し込み、足を止めた。
視線は夜の路面に落ちたまま。
「……なんでおまえがわかる」
吐き出す声は低く、かすれていた。
「わかんないよ。ただ、見てりゃわかるフリくらいはできる」
蓮司は肩をすくめる。
「だって、おまえの顔、面白いもん」
遥は息をのむ。
笑っていない顔を笑っているように見せる蓮司の目が、何より腹立たしい。
「俺がどうなったって、おまえには関係ない」
「うん、ない」
蓮司は即答した。
「でも、おまえが自分を捨ててくれるとさ、世界がちょっとだけ騒ぐだろ。
俺、それ眺めるのが好きなんだよね」
ぞくりと背筋が冷える。
蓮司の言葉は、刃物のように淡白で、やけに生々しい。
遥は視線を逸らし、無理に笑う。
「……最低だな」
「知ってる」
蓮司は微笑を崩さない。
「で、今夜はどこまでやるの。
あのバーの奥なら、声かけてくる奴いくらでもいる」
その言葉に、遥の胸がわずかに疼いた。
ほんの一瞬、心がその選択に傾く。
何も感じない顔をして、誰かと消える。
その後に残る空っぽだけが、今の自分を確かめる証明になりそうで。
「――さあな」
遥は小さく答え、街の奥に視線を投げた。
遠くでネオンが滲む。
人影がゆらぎ、笑い声が交じる。
その全てが、危うく甘い誘いに聞こえた。
蓮司は何も言わない。
ただ少し口角を上げて、夜の空気を割るように言った。
「行くなら、止めない。
どうせ止まらないだろうし」
遥は返事をせず、足を踏み出した。
街の灯りが、揺れながら近づいてくる。
その一歩が、どこへ向かうのか、自分でもわからないまま。