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相談室のドアは、今日は少しだけ勢いよく開いた。
入ってきた相談者は、中学生。制服の袖が短く、成長途中の体つきがそのまま表に出ている。
椅子に座ると、相談者はすぐに言った。
「焦ってます」
言い切りだった。
遥は、視線を上げるだけで口を挟まない。
「周りが、どんどん先に行ってる気がして」
相談者は指を組んだりほどいたりしながら続ける。
「部活でレギュラー取ったとか、
テストの順位が上がったとか、
将来やりたいことが決まったとか。
別に、俺が遅れてるって言われたわけじゃないです」
「でも……」
言葉が途切れる。
「何もしてない自分が、すごく目立つ。
頑張れって言われるのも、嫌じゃないんです」
相談者は苦笑した。
「正しいと思うし。
実際、頑張ったほうがいいのは分かってる。
でも、動けない」
遥は静かに言う。
「理由は?」
「分からないです」
即答だった。
「サボりたいわけでもないし、
諦めたわけでもない。
ただ……」
相談者は、胸のあたりを軽く押さえた。
「動こうとすると、重くなる」
遥は少し考えてから言った。
「“止まってる”って思ってる?」
相談者は頷く。
「はい」
「でも実際は、止まってるんじゃなくて」
「?」
「“踏み出す準備が整ってない”だけのこともある」
相談者は首を傾げる。
「それって、逃げじゃないですか」
遥は否定しない。
「逃げに見えることもある。
でも、無理に走ると、あとで壊れる」
相談者は黙った。
「大人はよく言うだろ」
遥の声は低い。
「“今頑張らないと後悔する”って」
「はい」
「でも、“今しか感じられない違和感”を無視すると、あとで後悔する人もいる」
相談者の目が、少し揺れた。
「俺、ダメになってる気がして。
何も結果出してないし。
置いていかれてる感じがする」
遥は、はっきりと言った。
「結果が出てない=ダメ、じゃない。
中学生の時間は、
“積み上がって見えない時期”が長い」
「周りが進んでるように見えるのは、
見える部分だけ見てるから。
見えないところでは、
みんな止まったり迷ったりしてる」
相談者は小さく息を吐いた。
「……でも、俺は何も見せられるものがない」
「見せる必要はない」
遥は即座に返す。
「今は、“保留”の時間でもいい」
「保留……」
「選ばないって選択もある」
相談者は、しばらく黙ってから言った。
「ずっとこのままだったら、どうしますか」
遥は少しだけ視線を落とした。
「その不安があるなら、
完全に止まってはいない」
相談者は驚いたように顔を上げる。
「怖がれるうちは、動く力が残ってる。
本当に危ないのは、
“どうでもいい”って思ったとき」
相談者は、ゆっくり頷いた。
「……俺、焦ってただけかもしれない」
「それに気づけたなら、今日は十分」
相談者は立ち上がり、出口の前で振り返る。
「また、何も決められないまま来てもいいですか」
遥は頷いた。
「決められない時期の話をしに来る場所だ」
ドアが閉まる。
遥は一人になった相談室で、時計を見る。
進んでいるように見える秒針も、実際は同じ速さで刻んでいるだけだ。
止まっているように感じる時間ほど、
人の中では、何かが静かに形を作っている。