テラーノベル
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相談室に入ってきた相談者は、椅子に座るなり、少し困ったように笑った。
「友達のことで来ました」
その言い方には、切迫した感じはなかった。
でも、軽くもなかった。
遥は黙ってうなずく。
「仲は、悪くないんです」
相談者は言葉を選ぶように続ける。
「一緒に帰るし、休み時間も同じグループで。笑って話すし、喧嘩もしない」
「でも」
そこで、少し間が空いた。
「俺だけ、輪の外にいる感じがする」
遥は視線を上げた。
「具体的には?」
「会話です」
相談者は即答した。
「みんなが盛り上がってる話題に、入れない。
分からないわけじゃないけど、入るタイミングがない。
気づいたら、自分がいなくても成立してる。
抜ければいいのかな、って思ったこともあります」
相談者は肩をすくめた。
「でも、抜けたら“問題ある人”みたいになるじゃないですか」
遥は否定も肯定もしない。
「だから、いる。いるけど、喋らない。
喋らないと、“静かだね”って言われる。
静かなだけなのに、何か足りない人みたいに見られる」
遥は、少し間を置いて言った。
「その友達に、嫌われてる感じはある?」
相談者は首を振る。
「ないです。むしろ普通に優しい。だから、余計に言えない。
“なんで距離感じてるの?”って聞かれても、説明できない」
相談者は苦笑した。
「俺の気にしすぎだと思われそうで」
遥は静かに言う。
「友達関係って、“悪い”ときより
“ズレてる”ときのほうが、しんどい」
相談者は、少し驚いたように遥を見る。
「喧嘩なら、理由がある。
無視なら、分かりやすい。
でも、
仲良しのまま合わなくなると、
自分の感覚を疑い始める」
相談者は、小さく息を吐いた。
「……まさにそれです」
「俺、もっと話せる人だと思ってたんです。昔は、こんなに黙ってなかった。
でも今は、何を言ってもズレる気がして」
「だから、様子を見る側になった」
遥は言う。
「様子を見るのが癖になると、
自分の声が分からなくなる」
相談者は黙り込む。
「その友達といるとき、無理してる感じはある?」
「……あります」
小さな声だった。
「嫌われたくないとかじゃなくて、
空気を壊したくない」
遥は淡々と続ける。
「友達関係って、“続いてるかどうか”より
“自然かどうか”のほうが大事なときがある」
相談者は顔を上げた。
「自然じゃなかったら、もう友達じゃないんですか」
「そうとは限らない」
「でも、
自然じゃない時間が長くなると、疲れる」
相談者は考え込む。
「じゃあ、どうしたらいいですか」
遥は、すぐには答えなかった。
「離れるか、壊すか、その二択じゃない。
話すか、話さないか、
それだけ。
全部じゃなくていい。“今はちょっと疲れてる”。それくらいでいい」
相談者は、少しだけ笑った。
「それ、言えたら楽ですね」
「言えないなら、距離を調整するだけでもいい。
無理して同じ速さで歩かなくていい」
相談者は立ち上がる。
「俺、友達って
“ずっと同じ形でいなきゃいけない”って思ってました」
遥は首を横に振る。
「変わるほうが普通だ」
相談者は、出口で一度立ち止まった。
「嫌いじゃないのに、合わなくなるのって、悪いことじゃないですか」
遥は、静かに答えた。
「悪くない。
ただ、少し寂しいだけだ」
ドアが閉まる。
遥は何も書かれていない相談ノートを見つめたまま、しばらく動かなかった。
友達という言葉が、
いちばん曖昧で、
いちばん人を悩ませる。
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