テラーノベル
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夕方のしずくシェルターには、妙な熱気があった。
ヌバーが入口で腕をぶん回しながら、今日も若い参加者を集めている。
「誘ってるんですけど! 本番前の録り直し、三分だけ! 三分で人生変わるかもしれないから!」
「そんな雑な宣伝ある?」
ハルティナが笑いながら横から紙束を配る。
「叫ぶ内容、決まってない人はここに例があります。無理におもしろくしなくて大丈夫」
「無理におもしろくしなくていい」が言われたせいで、逆に皆が緊張していた。
橋の入口近くでは、デシアが録音機の高さを合わせ、ジャスパートが仮の灯りを調整している。サベリオは転ばないよう足元の板を確かめながら、人の流れを整えた。
最初に前へ出たのは、まだ声変わりしきっていない少年だった。
「将来の俺! 逃げるな!」
橋の上に響いた声は思ったより大きく、聞いていた全員が一瞬だけ黙ったあとで笑った。本人も照れて笑い、ヌバーが盛大に拍手する。
次は編み込みの髪をした女の子が、両手を口元へあてて叫ぶ。
「うちの店、絶対つぶれないでー!」
モルリが後ろで「それはうちも!」と便乗し、さらに笑いが起きる。
けれど、三人目の青年の声は少し震えていた。
「……ここにいていいって、ちゃんと言われたい」
風が、その言葉だけはどこにも散らさなかった。
誰もすぐには笑えない。橋板の上へ落ちた本音が、そのまま皆の胸へ届いたからだ。
ハルティナが小さくうなずき、デシアは録音機を抱く手に力を込める。ヌバーでさえ、いつもの軽口を飲み込んでいた。
それからは、ふざけた叫びと真面目な願いが交互に続いた。
「明日の自分、寝坊するな!」
「うちの父ちゃん、健康診断行け!」
「好きな人の前で平気な顔すんな、自分!」
「助けてって言っても、嫌われない町であってほしい!」
笑いのあと、胸の奥がきゅっと狭くなる。
サベリオは板の端でその全部を聞きながら、喉の奥に小さな熱を感じていた。
ここにいていいと言われたい。
それは他人の叫びじゃなかった。ずっと自分が言えずにいたことだ。誰かを支える役なら胸を張れる。けれど、何も背負っていない自分のままで「ここにいたい」と言うのは、ひどく幼くて、わがままに思えていた。
録音が一段落すると、ヌバーがわざとらしく腕を組んだ。
「よし、じゃあ締めでサベリオいきますか」
「何でそうなる」
「顔に書いてあるから」
「書いてない」
「書いてる」
まわりが面白がってこちらを見る。サベリオは慌てて手を振ったが、デシアまで静かに待っていた。
逃げることはできた。
それでも、橋の中央へ数歩進む。欄干の向こうで川が光り、遠くの屋根に夕方の色が落ち始めていた。
大声は出なかった。
それでも、風に負けないくらいの声で言う。
「……僕は、この町で役に立ちたい」
沈黙が一拍だけ落ちて、そのあと誰より先にハルティナが拍手した。モルリが「まじめ!」と笑い、ヌバーは「でも、いい!」と叫ぶ。
サベリオの耳まで熱くなる。
デシアは録音機を下ろし、少しだけ泣きそうな顔で笑っていた。
たった一言なのに、胸の奥の何かが少し動いた気がした。
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