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依頼人は、最初から「犯人」としてそこにいた。探偵社の応接用テーブルを挟んで、男は背筋を伸ばして座っている。
三十代前半。身なりは整っていて、声も落ち着いていた。
「私がやりました」
それが、最初の一言だった。
真琴は一瞬だけ瞬きをし、それから穏やかに微笑んだ。
「では、順を追って聞かせてください」
男は頷き、用意してきたかのように話し始める。
いつ、どこで、何をしたか。
動機。経緯。結果。
どれも簡潔で、余分がない。
「……つまり」
燈が腕を組む。
「自分で名乗り出て、警察にも同じ説明をした」
「はい」
「で、警察は?」
「捜査は一通り受けました。ただ、被害者の方が被害届を出さなかったので」
玲が淡々と補足する。
「立件されなかった、ということですね」
「その通りです」
男は少しだけ視線を落とした。
「それでも、自分の中で、整理がつかなくて」
だから、探偵社に来た。
真琴は、そこまで聞いて一度メモを置いた。
「整理、とは?」
「自分がやったことが、本当に“それだけ”だったのか。確認したいんです」
澪は、男の指先を見ていた。
落ち着いている。
爪は短く整えられ、微かに震えているわけでもない。
罪悪感を抱えている人間の緊張とも、
解放感とも、少し違う。
「……被害者の方は」
澪が静かに聞く。
「今も、普通に生活しています」
「あなたと、連絡は?」
「ありません。連絡を取るつもりもない」
それを聞いて、燈が鼻で息を吐いた。
「じゃあ、終わってる話じゃん」
真琴は燈を制し、男に向き直る。
「それでも、ここに来た理由は?」
男は、少し考える間を置いた。
「……説明が、簡単すぎる気がしたんです」
調査は形式的に始まった。
警察の聴取記録。
男が提出した陳述書。
関係者の証言。
どれも一致している。
矛盾はない。
嘘の兆候も見当たらない。
玲が資料を見ながら言う。
「論理的には、問題ありません」
「だよな」
燈が頷く。
「自白もあるし」
真琴も同意する。
「依頼としては、かなり分かりやすい部類ね」
澪だけが、黙って資料をめくっていた。
違和感は、強いものではなかった。
ただ、
男が語る動機が、妙に“整っている”。
「衝動的だった」
「一時的に感情を見失った」
「今は反省している」
どれも正しい。
どれも、どこかで聞いたことがある。
澪は、玲に小声で言った。
「……感情、少なくない?」
玲は一瞬考え、首を傾げる。
「不足、とは言えない」
「でも、一致しすぎてる」
玲はそれ以上、踏み込まなかった。
事務スペースでは、伊藤が静かに資料を整理していた。
いつも通り。
淡々と、一定のリズムで。
「今回の件」
伊藤がふと顔を上げる。
「分かりやすくて、助かるな」
真琴が笑う。
「そうですね。珍しいです」
「説明が、最初から揃っている」
伊藤が穏やかに言う。
「こういう案件は、結論も出しやすい」
澪は、その言い方に、ほんの一瞬だけ引っかかった。
――揃っている。
言葉としては自然だった。
けれど、どこか、意図的に聞こえた。
その夜。
澪は一人で資料を見返していた。
動機。
経緯。
結果。
全部、繋がる。
でも、どこにも“揺れ”がない。
人が何かをしてしまったとき、
そこには必ず、説明しきれない部分が残る。
なのに、この事件は、最初から最後まで滑らかだった。
澪は、ページを閉じる。
事件は、解決している。
少なくとも、表向きには。
それでも――
「……分かりやすすぎる」
その言葉だけが、静かに残った。