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翌日から、調査は静かに進んだ。まずは、男が勤めていた会社。

倉庫の管理責任者、同じ部署の同僚、上司。

真琴と燈が担当し、聞き取りは短時間で終わった。


「トラブル? 特には」


誰もがそう答えた。


「忙しかったのは確かですけどね」


「残業は多かった。でも、彼だけが特別じゃない」


「人間関係も、悪くなかったと思いますよ」


言葉は違っても、結論は同じだった。


「追い詰められていた、という印象は?」


そう聞くと、少し考えてから、皆が似たような表情をする。


「まあ……仕事ですから」


「多少のストレスは、誰でも」


誰も、決定的なエピソードを持っていない。



燈は事務所に戻るなり、椅子を引いて座った。


「なあ」


机に肘をつく。


「薄くない?」


真琴が頷く。


「思ったより、背景が出てこないわね」


「“衝動的だった”って説明」


燈は鼻で笑う。


「便利すぎるだろ」


玲は集めたメモを見ながら、淡々と言う。


「動機としては成立している。 突発的な放火は、珍しくない」


「成立はしてる」


燈は食い下がる。


「でも、納得はしてねえ」


玲は否定しなかった。


「感情の痕跡が少ない」


「だろ?」


玲は少し考えてから続ける。


「本人の供述、警察の記録、関係者の証言。 すべてが、同じ方向を向いている」


真琴が首を傾げる。


「それって、普通じゃない?」


「普通なら」


玲は資料を閉じた。


「もう少し、ばらつきが出る」


同じ出来事でも、

「怖かった」

「腹が立っていた」

「何も考えていなかった」

そういう言い回しの違いが生まれる。


だが、この件では、

「衝動」

「一時的」

「反省している」

評価語だけが、揃っている。


「誰かが、言葉を整えたみたいだな」


燈の一言に、真琴は少し困ったように笑った。


「警察の聴取で、似た質問をされれば、似た答えになることはあるわ」


「それにしたって、だよ」


燈は資料を指で叩く。


「本人も、周りも、警察も

全員、同じ説明をしてる」


そのときまで、澪は黙っていた。

資料の端に指を置いたまま、ゆっくり口を開く。


「……動機の話、本人から出てない」


三人が視線を向ける。


「正確には」


澪は続ける。


「質問されて、答えてるだけ。

警察に聞かれて、

私たちに聞かれて、

そのたびに、同じ説明を返してる」


「でも」


真琴が言う。


「それって、普通じゃない?」


澪は首を横に振る。


「本当に整理がついていない人は

自分から、理由を語ろうとする」


沈黙が落ちた。

燈が小さく舌打ちする。


「つまり。

理由があるから来たんじゃなくて

“理由があるはずだ”って思わされてる?」


澪は答えなかった。

ただ、資料の一か所を指でなぞる。

動機欄。

そこだけが、妙に整っている。



その夜。

伊藤は事務スペースで、資料を一つのファイルにまとめていた。


「どうだ」


穏やかな声だった。


「進んでるか?」


真琴が答える。


「ええ。少しずつ」


「この件は」


伊藤はファイルの背を揃えながら言った。


「深追いしなくても、形になる」


「……そうですね」


「動機も、説明も、揃っているし」


澪は、その言葉を黙って聞いていた。

揃っている。

また、その表現。

伊藤は資料を棚に戻す。


「分かりやすい事件だ」


その言い方に、澪ははっきりと違和感を覚えた。

事件は、分かりやすくなるものではない。

人が何かをしてしまった理由は、

たいてい、分かりにくいまま残る。


それなのに、この件は、

最初から“説明しやすい形”をしている。

澪は、自分のノートを閉じた。


この事件は、

まだ終わっていない。

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