テラーノベル
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最初に言われたのは、名前じゃなかった。
「それ、邪魔」
「動くな」
「触んな、汚れる」
三人称ですらない。
物に向ける言葉。
遥は一度、深く息を吸った。
(嫌なら、最初から拒否すればよかった)
(嫌って顔、しなかった)
(震えてただけ)
――だから。
「……やめて」
声は小さかったが、はっきり言った。
自分でも驚くほど、言葉の形をしていた。
一瞬、間が空く。
次の瞬間、笑いが弾けた。
「うわ、しゃべった」
「今さら?」
「人間みたいな口きくじゃん」
「やめて、だってさ」
誰かが大げさに繰り返す。
「や・め・て、だって」
「それ、拒否のつもり?」
「遅くね?」
遥は、視線を上げた。
「嫌だ。
俺は、嫌だ」
今度は、ちゃんと顔を上げて言った。
「……触るな。
近づくな」
教えられた通りの拒否。
“ちゃんとした拒否”。
空気が、冷えた。
「へぇ」
低い声。
「嫌って言えば、終わると思ってた?」
「じゃあさ、今までのは何?」
「全部、“嫌じゃなかった”ってことになるけど」
「だって」
指を立てる。
「昨日は言わなかった。
その前も言わなかった。
その前も、その前も」
「つまりさ、“今さら”なんだよ」
遥は言葉を詰まらせる。
「……怖くて……言えなかっただけだ」
その瞬間。
「ほら出た」
「被害者ぶるやつ」
「怖いならさ、
もっとちゃんと逃げればよかったじゃん」
「逃げなかった、抵抗しなかった、ついてきた」
「それって、“同意”だよな?」
遥の喉が鳴る。
「違う……! 俺は……」
遮られる。
「違うなら、証明しろよ」
「どう違う?」
「殴り返した?」
「叫んだ?」
「誰か呼んだ?」
一つもできていない。
「できてないよな」
「だからさ、人間扱いされないの」
「お前が“人間のやり方”しなかったから」
誰かが、足元を指す。
「ほら、そこ立て」
「椅子じゃないぞ」
別の声。
「目、合わせんな」
「物が見るな」
「声出すな」
「許可制だから」
遥は、拳を握った。
(ちゃんと拒否した)
(言葉にした)
(目も上げた)
なのに。
「……もう一回言う」
震えながらも、言った。
「俺は、嫌だ。
やめろ」
静寂。
それから。
「記録更新だな。二回目の拒否」
「でも、却下」
「理由? 人権ないから」
笑い声。
「勘違いすんなよ。拒否って、“権利”だから」
「お前は、対象」
「使うか、捨てるか。それだけ」
遥の視界が、滲む。
(……俺が悪い)
(ちゃんと拒否しても)
(ちゃんとやっても)
(それでも、拒否にならない)
「なあ、次はどうする?」
「三回目の拒否、試す?」
「それとも――」
「もう、黙る?」
遥は、唇を噛んだ。
声が出ない。
(拒否しても、ダメ)
(しなくても、ダメ)
(じゃあ、俺は)
最初から、選択肢に入ってなかった。
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コメント
1件
うわ……読み終えてしばらく息ができなかった。この「拒否しても拒否にならない」構造の描き方が、本当に生々しくて苦しかった。遥がちゃんと顔を上げて「嫌だ」と言ったのに、「今さら」「遅い」「同意だろ」で丸め込まれる流れ、読んでいて胃が痛くなった。特に「記録更新だな。二回目の拒否/でも、却下/理由? 人権ないから」の不気味な軽さが怖い。最後の「最初から、選択肢に入ってなかった」で一瞬でこの世界の理不尽さの全体像が見えた気がした。この「ちゃんとやっても通じない閉塞感」、本当にうまく描けてると思う。