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放課後。 相談室のドアがガラリと開いた。
「……また来ちまいました」
前と同じ男子が立っていた。
少し気まずそうに頭をかきながら、椅子に腰を下ろす。
「この前、“普通じゃなくてもいい”って言ってもらったじゃないっすか。でも……やっぱ怖いんすよ。みんなの話題に入れないとき、笑い声が遠くに聞こえるとき。自分だけ外にいる感じがして……。ほんとは俺も、普通になりたいって思ってる」
日下部は机に肘をつき、眉間を押さえた。
「……お前さ、“普通になりたい”って言うけどさ。その“普通”って、誰が決めたんだ?」
「……周り、じゃないすか」
「そうだな。でも周りって、毎日変わるだろ。昨日流行ってた話題が、今日はもう古いとか。そんな不安定なもんに合わせ続けるの、余計しんどくねぇか?」
男子は視線を落とす。
「……しんどいっすよ。けど……合わせないと、ひとりになる気がして」
しばらく沈黙が落ちた。
窓の外からは野球部の掛け声が聞こえてくる。
日下部はぽつりと言った。
「……ひとりになるのが怖いのは、別に悪いことじゃねぇ。でもな、“普通にならないと誰もそばにいない”って思うのは、たぶん間違ってる」
男子は顔を上げた。
「……どういうことすか」
「人ってさ、“普通”だから一緒にいるんじゃなくて、“一緒にいて楽”だからそばにいるんだと思う。だから、普通を演じるより……バカでも変でも、素のまま笑える相手を探したほうがいい」
男子は苦笑いした。
「……そんな相手、いんのかな」
「いるよ。……時間かかるかもしんねぇけどな」
男子はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……少しだけ、信じてみます。俺でも、誰かと笑えるって」
日下部はわずかに肩をすくめた。
「少しでいい。少しずつで」
窓の外の夕陽が、二人の沈黙を柔らかく照らしていた。