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昼休みの終わり。教室の空気はすでに次の“儀式”を待っていた。
「ねえ、ちょっと来て」
女子数人が遥の袖をつかむ。力は弱い。だが、それが逃げられない理由になる。強く拒めば、「暴れた」「怖い」「やっぱり変」と、あとで別のゲームに発展するから。
廊下の突き当たり、物置の裏。もう何度目かも思い出せないその場所。外に通じるガラス窓は曇っていて、誰がいても見えない。――いや、たとえ見えたところで、誰も止めはしない。
「さ、シャツ、めくって」
「なんでそんなに胸ないの? てか、あんた、男なの? 女なの?」
「じゃあさ、ほら。声、出してみて。どっちかってわかるように」
笑い声。冷笑。乾いた指先が制服の端をいじるたびに、遥の背中はわずかにこわばる。
「ほら、黙ってると、余計気持ち悪いよ? 自分で変だって思ってるから黙ってるんでしょ?」
遥は首を振った。微かに、ゆっくりと。
「違う……おれは……」
しぼり出すように言った声は、途中で喉に沈んだ。
「あー、何言ってんのか聞こえなーい」
「もっとちゃんと言ってよ。“おれはキモくないです”って、ちゃんとね。言わなきゃ終わらないよ?」
「それとも、自分で思ってる? “おれ、気持ち悪いです”って」
遥は、口を開きかけ、そして何も言えずに黙る。
沈黙が、彼の輪郭を削っていく。発せられなかった言葉たちが、すり減っていく自分を支えられず、どこにも届かない。
「……やっぱり、黙るんだ。ほんとキモい」
「マジで無理。あ、でもこういうの、好きな男子いそう。ちょっと見せたら人気出るかもよ?」
「需要あるって、そういう意味でね」
誰かがシャッター音を鳴らすふりをして、スマホを構えた。
遥は目を閉じた。
“見ないようにしても、見られている”
“黙っていても、聞こえたことにされる”
その地獄を、今日も、声もなく通り過ぎる。