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昼下がりの教室は、いつも通りざわついていた。だが岸田亮の机の周囲だけは、不自然に空いている。誰もが無意識に、彼の半径一メートルを避けている。
岸田は椅子に足をかけ、肘を背もたれに預けていた。目元には薄い笑み。だがその視線は、笑いよりも冷たい。
「なあ、お前らさ」
低く、やけに落ち着いた声が空気を裂く。
「人間って、簡単に壊れると思わない?」
周囲の数人がびくりと肩を揺らす。
からかい半分の軽口かと思えば、岸田の目は一点を射抜くように鋭い。
「昨日、駅前で猫が車に轢かれそうになってさ。助けようかと思ったけど、あいつさ、自分で逃げなきゃ意味ないじゃん」
その言葉は冗談にも自慢にも聞こえなかった。ただ事実を確認するように淡々としている。
沈黙が教室を包む。
「弱いってさ、本人の責任なんだよ」
岸田は笑った。
「潰されるほうが悪い。そう思わない?」
笑いながら、机の縁を指先で一定のリズムで叩く。コツ、コツ、と乾いた音が教室のざわめきを切り裂く。
一人がたまらず席を立ち、別のグループに逃げる。
岸田は視線を動かさず、ゆっくり首だけをその方向に向けた。
「逃げ足は早いな」
柔らかな声色のまま、言葉だけが凍りつくような温度を持っていた。
岸田は相手が振り返らないのを確認して、また机をコツコツと叩く。
その一定の音に合わせて、何人かが無意識に背筋を伸ばす。
「なあ、俺が本気出したら、たぶんこのクラスすぐに静かになるよ」
軽い調子のその一言に、誰も笑わない。
冗談の形を借りているのに、冗談に聞こえない。
岸田は立ち上がり、窓際に歩く。ガラス越しの光が頬を白く照らした。
「世界ってさ、誰かが仕切ってないと崩れるだろ。俺はただ、バランスを取ってるだけ」
外を見ながら淡々と語るその背中に、誰も近づこうとはしなかった。
岸田が教室を出て行くと、残った空気はしばらく動かない。
誰もが小さく息を吐き、ようやく自分の手が冷たく汗ばんでいることに気づく。
彼は 、ただそこに立つだけで、人の心をねじ曲げる圧迫がある。
その存在自体が、ゆっくりと人を追い詰めていく――。