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「し、知らない?」
アグリオスの放った否定の言葉を前に、柊也が呆然としている。
「知るわけねぇだろ?一度も奴を満足させきった奴がいないんだから。そのせいで、きっちりかっちり千年毎に出て来やがるわけだしよ」
サーッと血の気が引き、柊也の目の前が真っ白になっていく。『完全なる解呪』を切望しているルナールの望みを叶えてあげられないのかと思うと気分が沈み、柊也が肩を落として俯いた。己だけでは呪いを抑え込む事すら出来るかも怪しいというのに、解呪の方法すらも仕入れられない自分には価値など無い気さえしてきた。
「ん?ちょっと待てよ?……『満足』か」
口元に手を当てて、アグリオスが思案気な顔をした。
「……うん。もしかしたら、完全に解呪出来るかもしんねぇぞ?でもまぁ、お前はぶっ殺されるかもしれないけどな」
「……ブッコロ?ま、マジっすか!」
ぶっ殺されるが口癖だから出てきただけか、誇張なのか、比喩なのか、起こりうる事象なのか……。アグリオスの顔を見ても柊也にはさっぱり読み取れない。
「まぁ、相手が相手だしな。体は【孕み子】だろうが、お前が相手にしないとならんのは、あくまで『ニャルラトホテプ』の『後悔』や『執着』や『願望』だ」
「ふ、増えてるし!『後悔の念』だけじゃないんですか!」
「そこは端折っただけだ。まぁ……細部はオレにだって推測の域を出てねぇってのもあるしな。アイツの本心までは、赤の他人のオレがわかるわけねぇだろ?んなもんが、ざっくりでもわかるのは、それこそ【孕み子】くらいなもんだ」
「それって、【孕み子】なら解呪の方法を知っているって事ですか?」
「そうは言ってねぇだろ。知ってるならとっくの昔に完全に解消されていただろうしな」
「じゃ、じゃあ……」
打つ手無しなのか?と柊也が再び不安になっていると、アグリオスが後頭部を軽くかき、言葉を続けた。
「さっき言ったやつ。『満足させてやればいい』んじゃねぇかな。まぁ、実際それが上手くいくかは、やってみねぇとどうなるかはわからんがな。ダメ元で、試しに【孕み子】のやりたい事を好きにやらせてやればいいんじゃね?『後悔』なんか、それくらいでしか解消手段がないんじゃねぇか?それが、邪神らしく『大好きだった純真な子をこの手で殺したかった』かもしれねぇし、『喰いたかった』かもしれねぇけどさ」
「……し、死ぬ前提なのは何故⁈」
「だって、完全な解消は今まで一度も出来なかったんだぞ?今までの【純なる子】は全て生き残り、 元の世界へ帰ってんだ。ならもう、残る答えは『純なる子の死』だろ?」
柊也がうっと声を詰まらせた。
……アグリオスの考えは間違っていない気がする。確かにその方法でなければ解呪出来ないとなれば、もし答えに気が付いたとしても、避ける率の方が圧倒的に高いだろう。自分の生まれとは違う世界のために、ぽんと投げ出せる程『命』は軽くない。
たとえそれが、最適解だと言われる程の純真さを持った者であろうとも、きっと。
「忘れんなよ?相手は根性の曲がりに曲がった、クソ真面目なくらい自分の性質に忠実だった邪神だぞ?んな奴が望む事なんか……結局は、全てを破壊したいって本能なんじゃねぇかなぁ」
「……そう、ですね」
柊也が口元に手をやり、俯いて黙った。
(自分には出来るだろうか。ルナールの希望を叶えるために、ルナール以外の者のために、命を捧げる?……む、無理だ。そんな事、とてもじゃないが出来そうにない)
「……でもまぁ、蓋を開けてみたら全然違ったりしてな!」
わざとらしく大きな声でそう言いながら、暗く沈む柊也の肩をアグリオスがぽんっと叩いた時、ルナールとセフィルが揃って柊也達の元へと戻って来た。
「ただ今戻りました。トウヤ様、お話は終わりましたか?」
ルナールの声を聞き、柊也が自分の頰をパンッ!と両手で叩いた。
「ト、トウヤ様⁈いかがされましたか?何かあったのですか?」
慌ててルナールが柊也の傍まで駆け寄ると、肩に置かれたままになっていたアグリオスの手を乱暴に払い除け、両肩を強く掴んだ。
「何でもないよ。ちょっと重い歴史内容だったからびっくりしただけだから。——ね?アグリオスさん」
「……ん、まぁ、そうな。ちょっと話し過ぎたしなぁ、アイツの話をするのは久しぶり過ぎて、つい熱が入ったわ」
空気を読み、アグリオスは柊也に話を合わせた。
「そう言えば、この現象について研究しているとはいえ、随分詳しいですね。まるで見てきたみたいに」
柊也に言われ、「あぁ、それな」とアグリオスが素っ気なく答える。
「アイツ……『ニャルラトホテプ』とは、何度も本気で殴り合ってきた仲だったから当然だろ?オレらの間に何かしらの『情』があったかはもうわからんが、オレは……まぁ、この『現象』をどうにかしてやらんとスッキリしねぇなぁくらいには気にしてるから、ずっとこうやって、『記録』を続けてるって感じだ。俺には……もう、このくらいしか出来ねぇからな」
そう言いながら、アグリオスが指示棒で半透明な床をさきっちょでカツンと叩く。
足元に広がる『無限』とも思える程の本棚を改めて見て、アグリオスがどのくらいニャルラトホテプの事を気にかけているのか、柊也は少しだけわかった気がした。
「柊也お義兄様との話は終わった、と言う事でいいかな?アグリオス。我々は早く、彼を返して頂きたいのですが」
セフィルがアグリオスに向け、笑顔のまま催促する。
「あぁ、今日はもういいぞ。……言っておきてぇ事は話せたし、後はもう、オレには関係無い話だからな」
アグリオスが手に持っていた指示棒を両サイドから押し、短くする。それを白衣のポケットに戻すと、彼は自分の特等席へと戻って行った。
「あ、ありがとう……ございました。先程の話は、参考に……させて、頂きますね」
柊也がそう声をかけると、アグリオスは振り返らぬまま「まぁ……んな話は、あくまで参考程度にしかすんなよ?」と返したのだった。
セフィルが何を参考にしたのか訊くのも怖い“どこにでも行けちゃうドア”的な物を経由して、三人は『知識の間』から別の部屋へと移動した。最初に案内された広過ぎてさっぱり落ち着かない部屋とは違い、此処は普通の広さだった。『獣人サイズで造られた、ちょっと立派な応接間』といった感じで、適正サイズの家具達に囲まれたおかげか、この部屋へ到着した瞬間、柊也はほっと息を吐き出した。『最初からこっちに案内してくれたらよかったのに。セフィルさんにからかわれたかな?』という気持ちはもちろんぐっと飲み込んだ。
それぞれが椅子やソファーに座り、柊也がアグリオスから聞いた話の内容をざっくりと話す。ほとんど彼等も知っている内容だろうからと、内容はかなり端折った。
「——なるほど。それはなかなか興味深い話ですね。私が知っていた『インバーション・カース』の成り立ちとは微妙に違っています。でも、色々と納得出来ました。現象が起きた者は全て『ニャルラトホテプ』を示す印が出ていたので、ずっと『何故だろうか』とは思っていましたが、そういった理由でしたか」
「らしいよ。『巨人族』の人達も人が悪いよね、『獣人族』達の認識が間違ってるって教えずに放置とか」
「獣人達の視点から見た場合はそれが事実だったのでしょうから、それはそれで良かったんでしょうね。もしかしたら『本当の事実を知っているのは自分だけ』という優越感が欲しかった——なんて可能性もありえますが」
セフィルはそう言い、柊也の前に紅茶の入るカップを音も無く置く。いらぬとは言っていなかったのだが、ルナールには何も勧めてはいなかった。
柊也が「ありがとうございます」と礼を言い、紅茶を飲む。そそくさと次々にセフィルはお菓子を運びはじめて、気が付けばまたお茶会並みにテーブルの上がお菓子でいっぱいになり、柊也を中央にした状態で、セフィルも同じソファーに座った。
『いくら美味しくっても、もう食べられないよ⁈』と思っている柊也の横で、ルナールが口元に手を当てて『知識』と『史実』の認識の違いを咀嚼し始めた。
「——ところで、トウヤ様」
色々な誤差を頭の中で処理し終わり、ルナールが柊也に声をかけた。
「ん?」
先程までは『食べられない!』と思っていたはずなのに、美味しい匂いに負けてチョコレートボンボンやチーズケーキを頬張り、紅茶を楽しむ柊也がルナールに顔を向けた。どんぐりや向日葵のタネを口に詰めたリスのような顔になっており、その愛らしさでルナールの顔が緩む。
「完全な解呪へのヒントか方法は、何か教えてはもらえましたか?」
咳払いをし、気を取り直したルナールが柊也に訊いた。
「あ……うん」
柊也の手が止まり、ティーカップをテーブルに戻す。顔色が少し悪くなり、その事に気が付いたセフィルがそっと柊也の肩に手を置いた。
「それは……【孕み子】に直接会った時に話すよ。今は……ちょっと」
「そうですか、わかりました」
ルナールは柊也の気持ちを優先し、素直に頷く。この先ずっと言う気がないのなら問い詰めただろうが、そうではないのなら無理に問いただす必要もないと思ったからだ。
そんなルナールの判断をセフィルは温かな眼差しで受け止め、彼の頭をくしゃりと撫でた。そんなやり取りが、いもしない兄に褒められたみたいな気持ちになり、ルナールがちょっと照れくさい顔をする。仲の良い兄弟みたいな二人のやり取りを間近で見て、柊也もほっこりした気分になった。
「さて、そろそろお部屋の用意が整ったでしょうから、お茶会はお開きにしましょうか」
「あ。やっぱりこれってお茶会だったんですね」
そりゃそうか、でなければ一人じゃ食べきれない程のお菓子は用意しないよなと柊也が納得した。
「アグリオスに負けるのは癪ですからね、柊也お義兄様をもてなすためなら、いくらでもお作りいたしますよ。……さて、今夜使って頂く部屋なのですが、その扉を出て、真っ直ぐ行って、突き当たりを右に曲がってすぐにある、獣人サイズの部屋を用意させましたのでそちらをどうぞ。単調な道程ですから迷わないで行けるかと。移動中は巨人族の廊下を通るので落ち着かないでしょうが、その点はご了承下さい」
セフィルはそう言うと、柊也達に対して執事の様な所作で頭を下げた。
「色々とありがとうございます、セフィルさん」
「『セフィル』と」
「……セフィル」
柊也に呼び捨てにされ、セフィルがモノクルの奥に見える目をすっと嬉しそうに細めた。
「では行きましょうか、トウヤ様」
ルナールに声をかけられ、「うん」と柊也が返す。立ち上がって、寄り添うようにしながら扉側へ向かうと、セフィルが二人を呼び止めた。
「お二人のお荷物はもう部屋にあります。新しい衣類なども用意させましたが、何か不足がありましたら遠慮なくお声掛け下さい。スマートスピーカーを起動させるようなノリで」
「使った事ないから、それなんかめっちゃ恥ずかしいっす……」
柊也とルナールの二人が応接間を出て、扉を閉めて、廊下と思われる空間を見上げる。
「……突き当たり?」
セフィルに言われた通り二人は真っ直ぐに歩き出したが、合ってるんだろうか?と不安になるほど、廊下の『突き当たり』とやらが遠い。高過ぎる天井、広過ぎる横幅などはどうしても落ち着かないし、静か過ぎるせいでちょっと怖さもある。
「まぁとにかく行くしかないですね。先が見えないわけではない分、まだマシですよ」
「そうだね」
軽く何度も頷き、柊也とルナールが廊下を先へと進んだ。
「そういえばさ。さっき僕が、アグリオスさんと話している間、ルナールはセフィルに話があったみたいだったけど、何を話していたの?」
「トウヤ様の事をお訊きしていただけですよ」
「……僕の?え、それなら僕に直接訊けばいいのに。ルナールになら……何でも答えるよ?」
そう言って、柊也が照れ臭そうに鼻の頭をかいた。自分の事を知りたいと言われると、嬉しいやら恥ずかしいやらで、つい頰が赤くなってしまう。
「こちらの世界の『トウヤ様』の事を教えてもらっていたんですよ。どの様な方で、何をしているのかなどをです」
「……『この世界』の、『僕』の事を?」
ルナールの言葉を聞き、柊也はその場に立ち止まってしまった。