テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
西原衣都
676
瑠璃マリコ
990
管野アリオ
4,311
#大人の恋愛
Jasmine
634
その日の昼前、優人はかつて所属していた医局に立ち寄って遅めの朝食を済ませると、帰る前にもう一度、七星がいるICUを訪れた。
七星のベッドへ向かう前、近くの花屋でピンクのチューリップをあしらったフラワーアレンジメントを購入した。
ICUには飾れないため、ガラス越しに見えるナースステーションのカウンターに置かせてもらう。
そこなら、横になったままの七星の目にも届くだろう。
七星は今朝よりも明らかに顔色が良く、長く会話ができるほどに回復していた。
「先生、チューリップ、ありがとう」
「うん。一般病棟に移ったら、持っていくよう頼んであるから」
「うん」
「朝ごはん、全部食べられたんだって?」
「うん。急に食欲わいてきた。おかゆじゃ物足りないよ」
「ははっ、いい兆候だ。じゃあ、何か買ってこようか?」
「ううん。百花に頼んだから大丈夫」
「そっか」
「先生、もう東京に戻るの?」
「ああ」
「そっか……じゃあ、またお別れだね」
寂しげに目を伏せた七星の表情に、優人の胸がぎゅっと締めつけられる。
そして、ふいに真剣な顔つきになり、七星へ向き直った。
「七星! 僕と付き合ってくれないかな?」
突然の告白に、七星は驚いたように大きく目を見開いた。
「え……?」
「キミが倒れたと聞いたとき、生きた心地がしなかった。いや、それ以前に……キミが僕に会いに来てくれたのに、暗い顔で帰ったと聞いたときから、ずっと心配で気が変になりそうだった。それってつまり、僕はキミを愛してるってことなんだ。妻の代わりじゃない。そう思えるようになった。今なら自信を持って言える。だから……キミに交際を申し込みたい」
「先生……」
「七星の気持ちは? 会えない間、離れている間……僕のこと、どう思ってた?」
七星はゆっくりと過去を振り返る。
そこにあったのは、優人への溢れるほどの思い――それを、はっきりと自覚していた。
「……私も先生が好き」
その言葉を聞いた瞬間、優人の表情がふっと和らぐ。
そして、ベッドに横たわる七星をそっと抱きしめた。
七星は驚きつつも、優人からかすかに漂う消毒薬の匂いに、不思議な安心感を覚えた。
「いい子だ」
「ふふっ……“いい子”って言われたの初めてかも」
「おっと、肝心な答えが返ってきてないぞ?」
「答え?」
「僕は今、“付き合ってください”と言ったんだけど?」
「あ……」
七星は思い出したように目を丸くし、少しかしこまって言った。
「……よろしくお願いします」
「よし! いい子だ」
「あ、また……」
「僕と付き合うと何度も言われるから、覚悟しておいて」
「ふふっ、変なの」
優人は七星の微笑みを、この上なく愛おしそうに見つめた。
そして、思いつめたように息をのみ、静かに口を開く。
「あのまま逝かないでくれて……ありがとう。僕のそばに戻ってきてくれて、本当に……ありがとう」
優人の声は震えていた。
七星はその涙に気づき、そっと優人を見上げる。
「先生……?」
優人は慌てて目元を指で拭った。
そんな彼に、七星も静かに言葉を返す。
「先生こそ……助けてくれて、ありがとう」
その一言に、優人は少し照れたように微笑む。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「七星とキスしたい……」
「えっ?」
驚いた七星は思わず声を上げる。
「ダメだよ先生、ここじゃみんなに見えちゃう」
「でも、したい!」
まるで子供のように駄々をこねる優人に、七星は思わず吹き出した。
「だーめ。先生にキスなんかされたら、また脳の血管が切れそうだもん」
その言葉に、今度は優人が吹き出す。
「そっか……じゃあ、しょうがない。キスはお預けだな」
「ふふっ、残念でした」
「その代わり、七星が治ったら濃厚なキスをしてやるからな。覚悟しとけよ」
優人が口を尖らせると、七星がくすくす笑いながら言った。
「なにそれ、変なの! タコみたい」
「タコより強い吸引力だぞ〜」
優人が両手をタコの足のようにひらひらとさせると、七星は声を上げて笑った。
「先生! 傷口が開いちゃうからやめて!」
「ごめんごめん……」
二人はしばらく笑い合い、やがて優人は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、僕は東京へ戻るよ」
「うん。気をつけて」
「あ、あと……忘れずにブロックは解除してくれよな」
「あ、そっか。私、解除する前に倒れちゃったんだ」
「僕が出て行ったら、すぐに解除すること!」
「承知しましたっ!」
七星が敬礼のポーズをすると、優人はそっと七星の頬に手を添えた。
「必ず戻ってくるから。それまでいい子で待ってて」
「うん。でも、先生忙しいんでしょう? 無理しないで」
「ありがとう」
優人はもう一度微笑むと、バッグと上着を手に取り出口へ向かった。
その背中に、七星が声をかける。
「先生!」
「ん?」
「……来てくれて、ありがとう」
七星の瞳には涙が滲んでいた。
それは、命を救ってくれた優人への感謝と、離れる寂しさが入り混じった、切ない涙だった。
「どういたしまして。じゃあ、おとなしく安静にしてるんだよ」
「うん」
七星が笑顔で手を振ると、優人はにっこりと微笑み返し、ICUを後にした。
そのやり取りを、ナースステーションの職員たちは、温かい笑顔で見守っていた。
優人が病院の出口へ向かうと、野中が玄関まで見送りに来た。
「先輩、七星のこと、よろしくお願いします」
「うん、任せろ。再発には十分注意して、しっかり経過観察も続けるから、心配するな」
「お願いします」
「ところで、七星ちゃんには言ったのか?」
「はい。さきほど交際を申し込んだら、OKの返事がもらえました」
「そうか! それはよかった。東京には連れて行かないのか?」
「彼女には、おばあさんが遺してくれた家でカフェを開きたいという夢があるので、言い出せませんでした」
「そうかぁ……まあ、まずは病気を完治させることが最優先だからな。おいおい考えればいいさ」
「はい。では、また休みが取れたら来ますので」
「うん、待ってるぞ」
野中と別れた優人は、タクシーで駅へ向かった。
帰りの電車の中で、優人の思いは揺れていた。
七星のそばにいたいという気持ち。
そして、七星や美奈子のように、突然重い病に襲われた人たちを救いたいという気持ち。
どちらも優人にとっては大切で、その狭間で心が揺れ続けていた。
(くそっ……七星を近くに置いておきたい。そうすれば安心できるのに……)
しかし、七星に夢を捨てさせることなど、優人には到底できなかった。
出会ったばかりの頃、この地で生き生きと暮らし、笑っていた七星の姿は、当時の優人には眩しいほどだった。
そんな彼女に夢を諦めさせて都会に連れていく――その選択肢は、優人には考えられない。
いっそのこと、自分がこの地に戻ってこようか?
そんな思いが頭の中を占めていく。
そしてその思いは、徐々に優人の中で大きく膨らんでいった。
もう二度と、愛しい人とは離れたくない。
死ぬまでそばにいて、人生をともに歩みたい。
最愛の妻・美奈子と叶えられなかった夢を、今度こそ七星と叶えたい。
そのためには――
自分がこの地に戻ってくるのが、一番いいのではないか。
電車が東京へ着く頃、優人の決意はほぼ固まっていた。
その強い思いを胸に秘めながら、優人は流れゆく景色をじっと見つめ続けた。
コメント
15件
はぁうっ🥹良かった💓お付き合い始まって❣️
二人の思いが通じ合って良かった ピンクのチューリップ🌷が枯れる前に優人先生七星ちゃんの元に戻って来てね🩷
やっと…✨😭 お互いの想いが通じ合って良かったです✨✨💕 優人先生、甘ーい💕 七星ちゃんの側で、ずっと一緒にいたいよね😉お早めにお帰りをー♡♡ 2人の幸せな姿に、今日は安眠できそうです😊