テラーノベル
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授業中。
黒板を叩く音。
チョークの粉が弾ける音。
教師の声が、やけに通る。
「先生、トイレ——」
言いかけたところで、横から肘が入る。
「後で」
小さく、でもはっきり。
顔を向ける。
「今じゃねえだろ」
笑っていない目。
「座ってろよ」
視線を前に戻す。
もう一度、口を開く。
「……行きたい」
今度は、後ろから。
椅子ごと引かれる。
「うるせえな」
机の脚が鳴る。
何人かが振り返る。
でも、すぐ前に戻る。
教師は、黒板を向いたまま。
「授業中だから」
誰かが囁く。
笑いが、薄く広がる。
そのまま、腕を掴まれる。
強い。
「来いよ」
立たされる。
「ちょっと、ほんとに——」
言い切る前に、背中を押される。
教室の後ろ。
掃除用具のロッカー。
扉が半分開いている。
「入れ」
「無理、狭い」
「入るから」
押される。
肩から突っ込まれる。
モップが顔に当たる。
「待っ——」
途中で止まる。
背中を、さらに押される。
「入れって」
膝が折れる。
中に押し込まれる。
扉が閉まる。
外の音が、一気に薄くなる。
すぐ外で、声。
「静かにしろよ」
「バレたら面倒」
笑い。
中は暗い。
狭い。
姿勢が決まる。
動けない。
すぐに、下腹が痛む。
さっきからの感覚が、強くなる。
「……無理」
小さく、漏れる。
外に聞こえる距離。
「何が?」
すぐ返る。
「トイレ」
間。
「は?」
笑い。
「さっき言ってたじゃん」
別の声。
「知らねえよ」
「授業中だろ?」
「我慢しろよ、それくらい」
軽い。
軽いまま、押し付けてくる。
「ほんとに、無理」
少し強く言う。
その瞬間、扉が軽く叩かれる。
ドン。
「声でけえ」
低い声。
「静かにしろって言ってんだろ」
呼吸が止まる。
動かない。
でも、止まらない。
圧が、増える。
姿勢が悪い。
逃げ場がない。
膝が当たる。
腹が圧迫される。
余計に、きつい。
「……やばい」
自分にだけ聞こえる声。
こらえる。
何度も、力を入れる。
でも、限界が近い。
時間が、異常に長い。
外では普通に授業が進む。
笑い声。
誰かが答える声。
世界が、普通のまま進む。
その中で、ここだけが止まっている。
もう一度、こらえる。
その瞬間。
力が抜ける。
止まらない。
一気に来る。
音は、出さない。
出さないようにする。
でも、分かる。
完全に、終わった。
「……っ」
声にならない。
体が固まる。
何もできない。
外。
一瞬の沈黙。
すぐ、扉を叩く音。
「なあ」
低い声。
「今の、何?」
笑いを噛み殺している。
返事ができない。
「おい」
もう一度。
「まさかじゃねえよな?」
沈黙。
それが答えになる。
一瞬、間。
そのあと、
一気に笑いが漏れる。
「マジ?」
「やった?」
「うわ、最悪」
声が近い。
全部、聞こえる。
逃げ場はない。
チャイムが鳴る。
一気に音が広がる。
椅子の音。
ざわめき。
扉が開く。
光。
「出ろよ」
手が伸びてくる。
腕を引かれる。
無理やり外に出される。
足元を見る。
見ないようにしても、入る。
「うわ……」
誰かが一歩下がる。
でも、目は逸らさない。
「ガチじゃん」
「くっさ」
笑いが広がる。
教室の中。
何人かが気づく。
視線が集まる。
すぐ逸らす。
でも、完全には逸らさない。
「お前さ」
近づかれる。
「それはやばいって」
肩を軽く押される。
「何してんの?」
「……ごめん」
反射で出る。
「ごめんじゃねえだろ」
すぐ返される。
「処理しろよ」
床を指される。
「全部」
「自分で」
笑い。
「人に迷惑かけんなよ」
さっきまでの声と同じトーン。
軽い。
でも、逃げ場がない。
「……わかった」
声が震える。
雑巾を投げられる。
足元に落ちる。
「早く」
急かされる。
しゃがむ。
視線が上から刺さる。
「うわ、ちゃんとやれよ」
「残ってんじゃん」
「雑すぎ」
次々に飛んでくる。
手を動かす。
止めない。
止めたら、また言われる。
「自分のだろ?」
笑い。
「責任持てよ」
拭く。
何も考えない。
考えたら、動けなくなる。
「なあ」
誰かが言う。
「これさ」
スマホを向ける。
「さすがに記録しとく?」
笑い。
「教材だろ」
「教育な」
軽い。
「やめて」
思わず出る。
すぐ、空気が変わる。
「は?」
「今、何て言った?」
近づかれる。
距離が詰まる。
「やめて?」
繰り返される。
笑いが消える。
「立場分かってる?」
低い声。
「お前が選べると思ってんの?」
言葉が詰まる。
「……ごめん」
すぐ言う。
「だからそれさ」
ため息。
「もう聞いたって」
「同じこと何回言わせんの?」
空気が重くなる。
「続けろよ」
短く。
命令。
また、拭く。
何も言わない。
言わない方がいい。
全部終わる頃、笑いが戻る。
「遅」
「使えねえ」
でも、もう終わりの空気。
「次から気をつけろよ」
何を、とは言わない。
「空気壊すな」
それだけ。
みんな、離れる。
日常に戻る。
話し声。
笑い声。
さっきまでのことが、なかったみたいに。
遥だけが、残る。
立ったまま。
手が、少し震えている。
でも、止めない。
止める理由が分からない。
頭の中に、さっきの言葉だけが残る。
我慢しろ。
迷惑かけるな。
空気壊すな。
それだけ。
それ以外は、もういい。
コメント
1件
うわ、これ……読んでて胸が締め付けられたわ。 「我慢しろ」「空気壊すな」って言葉がずっと刺さる。 教室の空気が冷たくて、逃げ場がない感じが描写だけでゾッとする。 遥の「ごめん」が反射的すぎて、もう慣れちゃってるんだなって思うと辛い。 でも、こういうリアルな閉塞感、ちゃんと描けるのすごいと思う。 続き、気になるけど、読むの覚悟いるな……。