テラーノベル
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大学病院から敦子の娘が通う保育園までは、徒歩で十分ほどの距離だった。
今村は病院を出て歩きながら、どう声をかけるべきか頭を悩ませていた。
「なんて言って迎えに行けばいいんだ……?」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら考える。
「叔父です……いや、嘘はすぐバレるな。母親の知人? 知人ってなんだよ、余計に怪しまれるだろ……うーん……」
そうしているうちに、保育園へ着いてしまった。
門の前には、迎えに来た父母たちの姿がちらほらと見える。
今村はこうした場所にまったく縁がなかったため、急に緊張が込み上げてきた。
しかし、立ち尽くしていても余計に目立つだけだと判断し、覚悟を決めて門をくぐる。
中へ入ると、園長らしき年配の女性が、不審そうに声をかけてきた。
「お迎え……ですか?」
その声に、若い保育士たちも興味津々に視線を向ける。
長身で整った顔立ち、仕立てのいいスーツ、磨かれた革靴――そんな男が突然保育園に現れたのだから当然だ。
今村は腹を括って答えた。
「はい。新藤真綾のお迎えに来ました」
「ああ、真綾ちゃんの……。先ほどお母さまからお電話がありました。大変でしたね」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「ところで、あなたは真綾ちゃんとはどのようなご関係で?」
突然の質問に、今村はどきりとした。
(はっ? なんだよ……プライバシーとか個人情報とか気にしないのか、この園は……)
しかし、周囲の保護者たちが固唾をのんで見守っている。
ここで「母親の友人です」などと言えば、かえって余計な憶測を呼びかねない。
かといって、本当の関係を言えるはずもない。
言葉に詰まる今村を見て、申し訳なさそうに園長が続けた。
「すみませんね。関係が分からないと、お子さんをお渡しできないんですよ」
(なるほど……子供を守る側としては当然か)
納得した今村は、一度深呼吸し、落ち着いた声で言った。
「実は、真綾ちゃんの母親と、交際させていただいております」
「まあ、そうでしたか。では、いずれご結婚を?」
(なぜそこまで突っ込んで聞く……? この園はどうなってるんだ?)
文句を言いそうになったが、今村はなんとか気持ちを抑え、自然にこう口にした。
「もちろん、結婚前提でお付き合いしております」
言った瞬間、自分でハッとした。
(俺、今……何て……?)
すると周囲の保護者たちが一気に和やかな雰囲気になった。
管野アリオ
359
#執着
猫とろ
745
桃下結衣
450
#ロマンスファンタジー
Jasmine
897
「真綾ちゃんの新しいパパなんだね」
「新藤さん、再婚されるんだ〜」
温かい視線が一斉に向けられ、今村はまんざらでもない気持ちになる。
そして、無意識に口をついて出た言葉が、実は本心なのかもしれない……そう思った。
「そうでしたか。では、真綾ちゃんを連れてきますね」
園長がにこにこしながら奥へ向かっていき、今村は戸惑いながらも、ほっと胸を撫で下ろした。
しばらくすると、園長と手をつないだ真綾が姿を現した。
真綾は今村を見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、トシだっ!」
「え?」
真綾は今村とは初対面のはずだ。
それなのに、彼の顔だけでなく名前まで知っていたので、今村は驚いた。
「名前、知ってるの?」
「うん。ママが写真見せてくれたから」
「写真?」
二人で撮った写真は一枚だけだった。
写真嫌いの今村は、普段は絶対に撮らせない。
しかし、敦子の誕生日の夜だけは、彼女の頼みを断れなかった。
「お願い、一枚だけ撮らせて」
「誕生日プレゼントが写真なんかで本当にいいのか?」
「うん。だって私たち、いつ別れるか分からないでしょ? だから、思い出に一枚欲しいの」
そのとき撮った一枚を、敦子は娘に見せていたらしい。
(なんだよ……あいつ……)
胸の奥が熱くなり、思わず涙が込み上げそうになる。
そのとき、真綾が言った。
「トシ! ママのとこ行こうよ!」
「そうだね、じゃあ行こうか。どうもありがとうございました」
今村は園長や保護者たちに挨拶し、真綾の手を握って病院へ向かった。
歩きながら、真綾が聞いた。
「トシはママと結婚するの?」
幼い子の突然の質問に、今村は思わず足を止めそうになった。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「ママはトシと結婚しないって言ってたけど、私は結婚するって思ったから……」
真綾の言葉に胸がざわつき、今村は気になって尋ねた。
「ママは結婚しないって言ってたんだ。なんでかな?」
「トシに迷惑かけたくないんだって。それに、シングルマザーは本気でなんか相手にされないって言ってたよ」
今村は言葉を失った。
敦子が結婚に興味のないふりをしていたのは、今村のためだったのだ。
病院で強がっていたのも、きっと同じ理由だろう。
迷惑をかけたくなくて、わざと突き放すようなことを言っていた――その事実が胸に刺さる。
(なんだよ……あいつ……)
再び目頭が熱くなる。
そのとき、真綾が空を見上げて言った。
「あっ! トシ! 月だよ! ちっちゃいお月様!」
今村も空を見上げる。
まだうっすらと明るい水色の空に、三日月が浮かんでいた。
今にも消え入りそうな細い月だ。
初めて敦子と過ごした日の夕暮れ、ホテルの窓から見えた細い三日月。
今村は、そのときの光景をふいに思い出した。
敦子は月を見ながら、静かにこう言った。
「私、三日月って大好き。儚くて、いつの間にか消えちゃいそうで……私の人生もあんなふうにあっさり終われたらいいなって思うんだ」
その言葉を思い出し、今村は奥歯を噛みしめた。
(そんなふうにはさせねーぞ。あっさりなんて終わらせねーからな……)
真綾の手をぎゅっと握りしめ、今村は言った。
「真綾。ママの期待を裏切って悪いけど……俺は君のママと結婚することにしたよ」
真綾は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。ママが嫌だって言っても結婚するからな」
「やった~!」
ぴょんぴょん跳ねる真綾の手を握りながら、今村は空に浮かぶ儚い三日月を、少し潤んだ瞳で見つめた。
病室に戻ると、敦子は身支度を整え、帰る準備を終えていた。
母親の姿を見た真綾は、心配そうな表情で抱きついた。
「ママ、大丈夫?」
「大丈夫よ。心配かけてごめんね。さ、帰りましょう」
敦子はそう言ってから、今村に視線を向けた。
「ありがとう。助かったわ」
「うん。じゃあ、帰ろうか」
すると、真綾が今村に尋ねた。
「どっちのおうちに帰るの?」
敦子は驚いて娘を見る。
「うちに決まってるでしょう」
「ううん、ママ、違うよ。だって、ママとトシは結婚するんだもん」
「えっ、ちょっ……真綾、何言ってるの?」
「だって、トシが言ってたもん。ねっ!」
敦子が固まる中、今村は真剣な表情で口を開いた。
「敦子、結婚しよう」
「えっ……?」
「俺はお前と結婚したい」
敦子は息を呑んだ。
「……それは、子供ができたから責任を取ろうとしてるんでしょう? 私は平気だから。本当にひとりで大丈夫だから……」
「いや、俺にはお前が必要なんだ。お前が倒れたって聞いたとき、生きた心地がしなかった。今日、やっと自分の気持ちに気づいた。俺はお前を愛してる。だから――俺と結婚してくれ、敦子!」
「……いいの? 本当に?」
「ああ」
敦子の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
それを見た真綾が、心配そうに声をかける。
「ママ、どこか痛いの? 大丈夫?」
返事をしようとしても、敦子は胸がいっぱいで言葉が出ない。
代わりに、今村が答えた。
「ママのお腹にはね、真綾の弟か妹がいるんだよ。それでちょっと体調が不安定なだけで、病気じゃないから大丈夫だ」
「えっ? ママのお腹に赤ちゃんが? 本当に?」
真綾が母親を見ると、敦子は優しい微笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「わあ! 赤ちゃんがいるのね!」
「そうよ、真綾。あなたはお姉ちゃんになるのよ」
「わ~い、やった~! 私、ずっと赤ちゃんが欲しかったの」
真綾は嬉しさのあまり、その場でぴょんぴょん跳ねた。
「じゃあ、帰ろうか」
「うんっ!」
気づくと、真綾は当たり前のように今村の手を握っていた。
それに気づいた敦子は、思わずくすっと笑う。
「荷物は俺が持つよ」
「ありがとう」
「じゃ、行こうか」
「はい」
病院を出た三人は、駐車場へ向かって歩き出した。
仲睦まじく並ぶ三人をそっと見守っていた細い月は、やがて静かに夜の闇へと溶けていった。
<了>
スピンオフ、最後までご覧いただきありがとうございましたm(__)m✨ 瑠璃マリコ🌌
コメント
31件

素敵なスピンオフ、ありがとうございました😊いつか、この幸せな3人家族の先が見たいです❣️あっ、4人家族になりますね!! ゆっくり夏休みして、また、新作の為にパワーアップして来てくださいませ🥰
短いスピンオフでしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました✨このあとは少し夏休みをいただいてから新作に取り掛かりたいと思いますので、それまでどうぞ熱中症等に気を付けて素敵な夏をお過ごしくださいね!(九州の方はくれぐれも余震にご注意を😿)

マリコ先生、最高っす!👍