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それから、夏帆の部屋で、ささやかな再就職祝いが始まった。
未来の上司と二人きりの、少し不思議な宴会だ。
三十分ほどして、透也が注文した料理が届いた。
シーザーサラダ、生ハムと焼きとうもろこしのピザ、サラミとハムの盛り合わせ、カプレーゼ、タコとパプリカのペペロンチーノ、イタリアンチキン――
テーブルの上には、色鮮やかな料理が所狭しと並び、見ているだけで心が弾む。
「こんなにいっぱい、食べられるかな……」
「普通にいけるでしょ」
デリバリーとは思えない本格的な料理に、夏帆の胸は弾んだ。
透也は自宅から持ってきたワインをグラスに注ぎ、二人は乾杯する。
「合格、おめでとう!」
「採用していただき、ありがとうございました」
グラスを軽く合わせ、ワインを口に含む。
「おいしい」
「うん、美味い! さあ、食べよう。急に食欲がわいてきたよ」
「私もです」
料理はどれも驚くほど美味しく、自然とワインも進む。
和やかな空気の中、笑い声が少しずつ増えていった。
「まさか、こんな本格的なお料理だとは思いませんでした」
「気に入ったなら、今度はお店で食べてみる?」
「はい。ぜひ」
さりげなく交わした約束に、夏帆の胸がきゅっと疼く。
(上司になる人と、こんなに親しくしていいのかな……)
その不安を察したように、透也が穏やかに言った。
「来週から俺は夏帆ちゃんの上司になるけど、オンとオフはきっちり分けるつもりだから、心配しないで」
その言葉に、夏帆は肩の力が少し抜けた。
「ただ、呼び方は“夏帆ちゃん”のままでいこうかな」
「えっ……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「でも、社員の方たちに変に思われるのでは……」
「そっか~。夏帆ちゃんは、女性社員の反応が心配なんだね~」
またしても、透也は夏帆の思いを正確に言い当てる。
まるで、彼女の心の動きをすべて見透かしているかのようだった。
「うちの女性社員はほとんど既婚者だし、むしろ俺が独身の女性と仲良くしてるのを見ると喜ぶと思うよ」
「喜ぶ? どうしてですか?」
「いつも言われてるんだ。中条さん、早く結婚してくださいって」
夏帆はぽかんとした。
(そんなふうに言われるんだ……)
「だから、心配いらないよ」
その言葉に、夏帆はほっと表情をゆるめ、胸の奥が軽くなるのを感じた。
自然と体がリラックスしてくる。
その後二人は、投資の話で一気に盛り上がった。
「今はAIや半導体銘柄が主役ですが、中条さん的には次に何が来ると思いますか? フィジカルAI? それとも量子コンピューター?」
「うーん……俺は“自動運転”だと思うよ~」
意外な答えに、夏帆は目を見開いた。
(駿介や元同僚たちは、そんなことひとことも言ってなかったけど……)
気になって、さらに質問を重ねる。
「それは、どういう根拠に基づいてですか?」
「実はさ、ここ最近、日本の大手自動車メーカーの資金が、自動運転のグロース株に集中してるって知ってる? それに便乗して海外資本も流れ込んでるみたいだし。もともと自動運転は政府も推してたから、俺は年末あたりからロボタクシーの実証実験が始まるんじゃないかと睨んでる」
(すごっ……そんな情報まで掴んでるなんて……)
夏帆は尊敬のまなざしで透也を見つめた。
彼の天才的な“勘”と、誰よりも早い“察知能力”が、会社をここまで大きくしてきたのだと、改めて納得する。
「分析力、すごいです」
「あはは、ありがと。まあ、これが仕事だからね」
透也は照れたように笑う。
夏帆は、もうひとつ気になっていたことを尋ねた。
「IRの報告書って作ったことないんですけど、私に作れるでしょうか?」
「大丈夫だよ。野田君が全部教えてくれるし、テンプレートもあるから」
「なら、安心です。それと、報告書って郵送ですか?」
「ううん、うちは全部電子交付だから、手間はないよ」
「そうですか……」
気になっていたことが解消され、夏帆はほっと息をつく。
さらにもうひとつ質問した。
「秘書業務は、主にどんな仕事ですか?」
「うーん、うちって外からアポが来ることが多いから、スケジュール管理を頼みたいかな~。俺、忙しすぎるとうっかり忘れちゃうし」
「分かりました。他には?」
「あとは、たまにだけど、外の視察にもついてきてもらうかも」
「視察?」
「うん。企業の経営状態を見に行ったり、工場を見学したりね」
「なるほど……」
夏帆は大きくうなずいた。
(そっか。ファンドって、そういう裏の部分もきっちり調べてから、投資対象になるかどうかの判断するんだ)
そこには、証券会社時代には見えなかった世界が広がっていた。
まだ仕事に就く前なのに、夏帆はこの仕事へのやりがいを感じていた。
そのとき、透也が大あくびをしながら言った。
「ふぁわわわ、夏帆ちゃん悪い! 急に眠気が……。ここで十分くらい寝てもいい?」
突然の申し出に、夏帆は驚く。
「いいですけど……お疲れなら、自宅へ戻ってゆっくり眠ったほうが……」
「ううん、いーのいーの。まだ、夏帆ちゃんと一緒にいたいからね~」
そのさりげない言葉に、夏帆の心臓が跳ねた。
(今のってどういう意味……?)
「じゃ、じゃあ、どうぞごゆっくり。私はピザ、いただいてますから」
気を遣わせないよう、夏帆はワインをつぎ足し、ピザに手を伸ばした。
「じゃあ、ちょっとだけごめんね~」
透也はそう言ってまた大あくびをすると、ソファに仰向けになり、すぐに寝息を立て始めた。
その寝顔を見つめながら、夏帆は思う。
(こんなに疲れてるのに、駿介とのごたごたから助けてくれたんだ……。おまけに、お祝いまで。なんだか、悪かったな……)
透也が早く帰ってきた理由を、ようやく理解した。
彼は夜勤続きで疲れていたのだ。
夏帆はピザを食べながら、眠る透也の横顔をそっと観察する。
彫りの深い端正な顔立ち、うっすらと生えた無精髭、長いまつげ――どれも、男としての魅力にあふれていた。
(きっとモテるだろうな……。ううん、もう決まった人がいるかも……)
そう思いながら、小さくため息をつき、窓の外へ視線を向ける。
少し開いた窓の外では、夜の闇に紛れて虫たちの澄んだ声が静かに響いていた。
公園の木々の上には、大きな月がぽっかりと浮かび、柔らかな光が辺りを照らしている。
夏帆は寝室から肌掛けを持ってきて、ぐっすり眠る透也の体にそっと掛けた。
そしてふたたび腰を下ろし、ワインを口に含んだ。
深まる秋の夜気に包まれながら、夏帆はくつろいだ気分のまま、煌々と輝く月を静かに見上げた。
コメント
13件
夏帆ちゃん、透也さんの『決まった人』は目の前の夏帆ちゃん、あなた自身ですよ🥰💞 こんな美味しいデリバリーを一緒に味わって楽しい会話を堪能して〜🎶会社でも『夏帆ちゃん呼び』 そして好きな人の家でリラックスして仮眠もできる透也さん🤭💝 目覚めたら隣に夏帆ちゃん寝てる💤の巻〜ですかね😘

朝目覚めればふたりで床寝しててビックリ⁉️
透也さんの言っていた『女性社員から早く結婚してと言われている』のくだり、半分夏帆ちゃんにプロポーズしているような🤭💕 柔らかい雰囲気の透也さんだけど、夏帆ちゃんをロックオンして逃さない空気と覚悟が感じられます🥰