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朝、というにはあまりに暗かった。カーテンの隙間から差し込む光は、ただ白いだけで、時間を示してはいなかった。
目が覚めた──わけじゃない。
眠っていた記憶もない。
意識が薄くなって、気づいたらまた目を開けていた。それだけだった。
手をついた瞬間、肩が崩れた。
痛い、とも言えなかった。
痛すぎて、言葉に変換する感覚すらない。
──無理だ。
今日だけは、動けない。
そう思った瞬間、脳裏に浮かんだのは、あの短いメッセージだった。
『サボったら、わかってるよね?』
玲央菜の文字。
日下部じゃない。けれど、同じだった。
「……行く」
かすかに唇が動いた。
自分に言い聞かせるように、地面から立ち上がろうとする。
制服に袖を通すたびに、痣が引きつる。
ボタンをひとつとめるごとに、身体の奥で何かが軋む。
階段を下りる足が、踏み抜くように震えている。
でも、止まれば、また「理由」ができてしまう。
学校を休んだら、あの人たちにとっては格好の餌になる。
「昨日、家だったんだ?」
「おしおき? それとも──ただのサボり?」
聞かれる。見られる。
黙っていたら、勝手に理由をつけられる。
黙っていなくても、どうせ同じ。
だったら──“来ること”だけは手放せなかった。
靴を履くとき、指がうまく曲がらず、かかとを潰した。
靴紐は、結ばない。
結ぶ気力も、もうなかった。
通学路には、いつもの景色が流れているはずだった。
でも、今日はそれすら、視界の端からこぼれ落ちていく。
途中、コンビニのガラスに映った自分を見た。
目の下にはくっきりと暗い影。唇の端は切れたまま。
「……行く」
もう一度、呟いた。
誰に向けたものでもない。
自分自身を、地獄に向けて突き飛ばすように。
──玲央菜は、別の高校にいる。
でも、あいつの言葉は、校門の内側にもしっかりと届いていた。